のぞきみる


あれから数日経ったがマスルールは相変わらずだ。視線には慣れてしまって、日常生活をおくる分にはまったく気にならなくなってしまった。マスルールは私を物陰から見つめるばかりで、話しかけることもなければ、近づいてくることもない。食事や宴の時は以前と変わらず近くにいるけれど、それ以外の時は離れた場所から私を見つめている。視線を向けると、身を隠そうとするところも変わりない。
シンの言葉通り、私を見ていたいのだとしか思えなかった。おもしろいものかなあ、ぽつり呟いてみるも、答えはマスルールだけが知っている。ともかくマスルールは私を見ているだけで、それ以外の何事もなかった。だから私は慣れてしまって、特に何を言うでもなく好きなようにさせている。たまに切なげに吐き出されるため息は気になるけれど、マスルールから話をしてくれないと私にはどうすることもできなかった。
シンも変わらず私の話をにこにこと笑いながら聞き、この前はついに頭を撫でながら「そのうちにわかるよ」と言った。何故だかこの話をするとシンは私を子供扱いしてくる。不可解だ。そしてちょっと不愉快だ。
そんなことを考えながら、身につけていた上衣を脱いだ。変わりに薄衣を手に取り、羽織る。日常生活をおくる分には困らないのだが、さすがに水浴びの時は意識してしまう。
王宮からすこし外れた場所にちいさな池があった。堅い岩肌から、冷たくて清涼な水が湧き出し、ちいさな池を作り出している。そんな場所で身を清め、冷たい水に体を浸していると、感覚が研ぎ澄まされていくような気がした。だから時折水浴びをしているのだが、先週辺りからそこでも視線を感じるようになっていた。
水浴びの場所は王宮の敷地内にあり、また生い茂る樹々が目隠しの役割を果たし、一般の兵士や国民たちは存在すら知らない。そもそも今は深夜だ。ほとんどの者は寝入ってしまっている。ということは、薄暗い森の中へふたりきりであり、ましてや私は丸腰のうえ、ほぼ全裸だ。身の危険を感じるべきなのだろうが、危機感はまったく持てなかった。
池の縁に腰を下ろして足を浸す。水面が揺れ、月の影が揺らいだ。視線は、背後に感じている。普段よりは強い気がした。足で水を掻き混ぜながら、こっちにおいでよと呼びかけてみようか、そんなことを考える。
「あれで隠れているつもりだからなあ……」
思わず呟いていた。おそらく呼びかけても、素直に出てきてくれやしないだろう。唸りながら水面を掻き乱す。本当なら一矢纏わぬ姿になって、全身を冷たい水へと沈めたい。裸を見られることに抵抗はなかった。私は男が欲情するような体を持っている訳でもないし、見ているのは幼い頃から一緒にいたマスルールであり、見られたところで減りはしないなあ、と思っている。ただ、そうほいほいと見せるものでもない、ということは理解しているのだ。だから、どうしようかなあ……と水遊びばかり繰り返している。
結局、気にしないことにした。マスルールは私を見ているだけだし、月明かりがあるとはいえ、今は夜だ。池は樹々に囲まれている。そうはっきりと見える訳でもないだろうと薄衣を脱いで、冷たい水の中へと体を沈めた。
冷たい水は気持良かった。体から余計なものが全て剥がれ落ちて、まっさらな気持になる。水から揚がり、持ってきていた布で濡れた体を拭いた。いつの間にか視線がなくなっていて、すこしだけ安堵する。もう夜も遅いし、寝てしまったのだろう。そう思いながら部屋に戻ると、机の上に飲み物が置いてあった。見てみれば常温の水で、手に取り、ひとくち飲んでみる。温い水は冷えた体を優しくあたためた。
やっぱりマスルールは優しくて良い子だ。最近の行動は私には理解できないけれど、人を思いやり、気遣う優しさは幼い頃から変わらない。えこひいきはよくない、と時折シンに言われるけれど、決してえこひいきではなく当たり前の処遇だと思う。そんなあたたかい気持で寝台に横たわった。


翌朝、人の気配で起きると、部屋の中にマスルールがいて、昨晩私が口をつけた杯を手のひらで転がしながら「これ、もらっていっすか」と言った。……構わないけど、理由がわからなくて私はしばらく返答に困った。


:間接ちゅー狙いです>口付けた杯

  
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