04


白い肌にはところどころ傷が残っていた。衣服を剥ぎながら、ひとつひとつの傷を指で撫でる。跡になった傷のいくつかは、マスルールの目の前でついた傷だ。思い出のある傷は尚更愛おしく感じた。特に肩から背に走った傷はもっとも愛おしい。苦い思いを掻き立てはするが、同時に注がれていた愛情を感じることも出来る傷。唇を押しつけ、舌でなぞる。守りたい、傍にいたい、支えたいと強く願ったのはあの時だった。

同じように身を呈して大切な人を守れるようになりたい、そう決意を固めた頃の自分を思い返し目を細める。あの頃の自分は今の己を前に何を思うだろう。守りたいのではなかったのかと責めるだろうか。とりとめなく昔のことや恋心を自覚した頃のことを思い返す。ジャーファルを大切に思う気持や傷つけるものから守りたいと思う気持は今なお胸にあった。それなのに今からすることは、傷つけ、蹂躙する行為だ。

もう戻れない、諦めと切なさの混じった気持で思い、白い肌へ手を滑らせる。乳房を撫で、腹を撫でた。足を割り開き、その間に体を滑り込ませた。足の合間から白い精液と、赤い血が流れ出し、混じり合いながら敷布を汚す。ジャーファルの目蓋は閉じたままで目覚める様子はない。手を取り、手のひらへ唇を押しつける。力の籠もっていない手も体も好きなように扱えた。

乳房を鷲掴みにし、優しく揉みしだけば、わずかに眉根が寄る。苦しげに頭を振り払うが、やはり目蓋は閉じられたままだ。先端を口に含み、吸い上げる。

「……っ、ふ」

唇から空気が零れ、体が反応を示す。丹念に先端を舌でなぶり、指先を下部に潜り込ませると秘裂をなぞり、中を探った。指先に纏わりつくのは、先ほど中に吐き出した精液だろう。潤滑油代わりに塗り込め、丹念に解す。

無理強いをしているとはいえ、必要以上に傷つけたくはなかった。丁寧に触れれば意志とは無関係に体が反応するのか、零れる息がどことなく甘さを含んできたような気がする。気のせいでないことを祈りながら、再度性器を押し当てた。先端が潜り込む。十分に解したつもりだったがそれでもきつい。腰を掴み、やや力を込めて引き寄せた。

「…………っ、い」

閉じられていた目蓋が震え、ゆっくりと目を開けたジャーファルはぼんやりと天井を見上げている。眼球を動かし、何かを探している。状況が理解できていないのかもしれない。
手を伸ばし、頬を撫でれば、ようやくのことマスルールに視線が止まった。

「……わたし、なに、が」

途切れそうな声が問いかける。体が痛いんです、と呟くジャーファルはまた深く沈み込んでいきそうな様子で、決して視線を下の方へ向けようとはしない。見てしまえば最後、自分が何をされているのか、どんな状況であるのか、理解しなければならないと知っていて避けているように見えた。そのまま再度気を失うことができたならそれが幸せだったのだろう。
ジャーファルが目を開け、しっかりと自分を見たのを確認してから、体を押し進めた。

「っ!……いや、いや……!」

状況を理解するのは一瞬だ。顔が苦痛に歪む。髪を振り乱し、両腕を突っぱね、体を押しのけようとするが力で適う訳がない。手首を掴み寝台に押しつければ、抵抗の術はなにひとつなくなった。なるべく苦痛を和らげようと、腰の動きを緩やかなものにする。すこし押し進め、引き、またすこしだけ進める。それを何度も何度も繰り返せば、応えるように肉はやわらかく、性器を受け入れていく。

「やだ、お願い、やめて……」

頭を振るい、切なく懇願するが抑止力にはならない。いまはただどうしたら苦痛を和らげ、それから快楽を感じてもらえるのか、それしか頭になかった。さきほど指で探り、わずかといえ反応のあった箇所を先端で擦る。

「……っあ、や、抜いて、もう……!」

必死に訴える声はどこかせっぱ詰まっている。頬が上気し、白い肌がほんのりと赤みを帯びていた。なにより性器を包む肉壁がやわやわと締めつけだしている。安堵の息を吐き出し、ジャーファルの鎖骨へ唇を落とす。肌を吸い上げ、跡を残した。それは所有の証しのように錯覚させ、体が歓喜に震える。――この人は俺のものだ。

胸に浮かび上がった言葉は決して真実ではない。ただの錯覚だ。それでもいい。いま、この瞬間だけでも自分のものであると思いたい。
腰を引き、押し込む。いや、いや、としゃくりあげながら繰り返すジャーファルの唇を唇で塞ぐ。拒絶する言葉の代わりにくぐもった音が響いた。唇を解放すれば、涙で濡れた目で見つめ、

「……どうして」

問いかける。どうしてこんなことをするのか。ジャーファルは知っている筈だ。どうして、こんなことをするのか。昼間に見た光景はすぐに思い浮かび、次の瞬間には振り払われた。いまは、いまだけはこの人は俺のことばかり考えている。それだけでいい。

「あ、ああっ、だめ!うごかないで!」

弱いところだけを重点的に突き上げれば、先ほどと同じように拒絶の言葉だけを繰り返す。聞かぬ振りをし、ただ一心不乱に腰を振る。膣が締めつけてくる感覚に血がたぎった。もっと快楽を得たいと挿入を繰り返す。

「――ッ」

きつい締めつけに促されるように中に精を吐き出す。ジャーファルの体はかすかに痙攣し、中はといえば、まだ足りないとばかりに性器にまとわりつき、蠢いていた。それなのに表情は固く強張っている。顔は青ざめ、信じられないとばかりに頭を振り払い、絶望したかのように新たな涙を零した。
手を伸ばし、髪を掻きあげる。決して視線を合わせようとしなかった。満たされた息を吐き出す。心地良い倦怠感が体中を満たしていた。

「……俺でも、いいんすね」

安堵の息と共に呟けば、目を見開き、視線を合わせた。唇が震えている。

「ちがう、ちが、……そんなこと……」

どれだけ言葉で否定しようとも、体は反応を示し、受け入れた。それだけで十分だ。

「もう、……もう抜いて」

素直に性器を引き抜けば、体を起こし、脱がされ投げ出されていた服を引き寄せて身を丸める。零れる涙を乱暴に拭い去ると、震える唇を開いた。

「……満足、したでしょう。私を、ひとりにして」

寝台の上で身を縮こまらせ、可能な限り距離を取って言葉を落とす。言葉のままに部屋から出て行き、ジャーファルをひとりにするという選択だってあった。それを選ばなかったのは、そうする理由がなかったからだ。
ジャーファルの言葉を反芻する。満足したかどうか。手を伸ばし、足首を掴んで引き寄せた。

「っ、なに、するの……?」

怯えた目が見上げる。その目は今まで知らなかった加嗜心を呼び起こした。たった二度の性交でこの欲が満たされるなど有り得ない。まだ足りない。もっと触れたい。泣かせたい。中を抉り、先ほどと同じように締めつけられ、精液を腹の中で受け止めて欲しい。心が与えられないのならば、体だけでも貪り尽くしてしまいたい。

目を細めてジャーファルを見つめる。獲物を仕留めた獣は、おそらくこんな気持なのだろうとそんなことを思った。獲物はもはや自分の手の中で、生かすも殺すも獣次第、好きなように扱うことが出来る。そう思う時、体に走るのは喜びだけだった。その喜びは体を熱くし、欲を引き出す。

体の下に押し込められたジャーファルは怯えた目でマスルールを見上げ、必死に咽を喘がせ、訴えようとするも何も言葉にならなかった。制止も、拒絶も、懇願も、数多の言葉を費やしてなお押し留めることはできないと既に知った後だ。

足首を掴んでいた手を離し、頬を撫でる。手付きは優しいものだったが、触れるだけで体が引きつり、息を呑む。そばかすの浮く頬を指先で撫で、そのまま髪の中へ差し入れる。昔からずっと白銀の髪に好きなだけ触れたかった。恋仲になることが出来れば叶えられる望みだ、と考えていた時期もあった。国と王ばかり見ていたから叶えることは難しいだろうと、それも仕方ないとすぐに沈めた考えだ。

もし、ジャーファルが好きな男と通じ合えば、その男はこの髪に好きなだけ触れることができる。髪ばかりではない。細い首に齧りつくこともできるし、ささやかな膨らみの乳房を弄び、頼りない腰を掴み引き寄せ、拒絶されることなく己自身を受け入れてもらえる。求めるばかりではなく、求められることもあるだろう。

そうなりたかった。優しく髪を梳き、頬や唇に口づけをし、恋に焦がれた瞳で見つめられたかった。細くやわらかい体を抱き、白い腕に抱きつかれて眠りたかった。叶えられることのない夢は捨てる。同時にジャーファルからも奪いたかった。

無理矢理体を押し開かれたジャーファルは、何の抵抗もなく好きな男に体を許すだろうか。他の男に凌辱された体を見せることができるのか。マスルールはジャーファルではない。ジャーファルの考えること、選ぶ選択を想像することはできるが、あくまで想像でしかない。
差し入れていた指で後頭部の髪を掴んで引けば、咽が仰け反った。露になった首に噛みつき、そのまま舌を這わせる。ジャーファルの手が肩に押しつけられ、引き離そうと押すが、体はびくりとも動かない。爪が皮膚に刺さり、血を滲ませる。

「……っ、いや、もう嫌です!いい加減、離して……ッ!」

掴まれたままの頭を振りかぶり、手のひらで肩を叩く。足がもがき、敷布を掻く。手を離せば、涙で濡れた目できつく睨みつけられた。眉根に皺が寄っている。体を押しのけようと肩に置かれた手首を掴めば頬が引きつった。

「…………離しなさい」

感情を抑えたが声が耳朶を打つ。手首を掴む指に力が籠った。両手首を掴み、寝台に押しつけても視線の強さは変わらない。今まで一度も向けられたことのなかった表情が目の前にあった。こうしなければ見ることはできなかっただろう。顔を近づけ、唇を塞ぐ。

「んん……っ」

閉じられた唇を舌でこじ開け、口腔を舐め回す。逃げる舌を巻き取り、存分に絡ませ合えば水音が響いた。荒く呼吸を繰り返すジャーファルの頬に唇を落とし、耳朶に歯を立てる。首に唇を押しつけ、鎖骨を噛む。そのままなだらかな膨らみを唇でなぞれば、体が震え、逃げようと身を捩らせた。気にせず胸に吸い付き、舌先で乳首を押し潰す。

「っあ、いや、はな、して……!」

音を立てて吸い付き、唾液を塗り込めるように舐め回せば、弱々しい声音に変わった。聞き慣れた拒絶の言葉が嗚咽混じりに吐き出される。そのか細い震える声に促されるまま、乳房を掴み、やわらかさを堪能する。加えられる力のままに形を変える白い肉は唇と同じようにどれだけ触っても飽きることはなかった。

「いやだったら!もう、もうやだ……、どうして、どうして言うこと聞いてくれないの……」

涙で滲んだ声が問いかける。胸元から顔を上げ、ジャーファルの顔を覗き込めば、縋るような色を含んだ目が見上げ、「お願いだから」と懇願の言葉が落ちた。

「……どうして」

ジャーファルに問い返す。

「どうして、思い通りにならないんすか」

今までずっとこの人を見ていた。ジャーファルの言う可愛い良い子であろうと努めてきた。この人に好かれたかったからだ。それなのに、どうして。

「思い通りにならないから、こんなことするの?これが、こんなことが、きみの望みなの?」

眦から涙が零れ、落ちる。これが望みかと問いかけられたら、違うと言い、それからそうだと答える。本当に望んだことは、好かれ、求められることで、けれどもう望むことは出来ない。ならば、長年抱いてきた欲望だけでも受け止めて欲しかった。長い間、どんな目で見てきたのか知って欲しかった。同時にそれだけではないことを知っている。胸の奥に燃え滾る感情のままに言葉を吐き出した。

「…………あんたを、めちゃくちゃにしてやりたい」

大きく目が見開かれる。表情が強張り、血の気が引いていくのが見て取れた。逃がす気がないことも、終わりが遠いことも、一瞬で理解したのだろう。

「離して!もう嫌ッ!」

望む通り手首を離せば、這うように逃げ出そうとする。形良い丸い頭を掴み、寝台に押しつけると同時に、空いた手で腰を掴み引き上げた。貫かれ、中に精を吐き出された秘裂からは白い液体が零れ出している。

「あ、っや、嫌……!」

先端を擦り付けた後、腰を押しつければ、ずぶずぶと性器を受け入れた。その癖きつく締めつけて纏わりつく。わずかな抵抗を捩じ伏せるように性器を奥へと叩きつけた。両手で腰を支え、先端だけ残し性器を引く。腰を引き寄せると同時に打ちつければ、悲鳴に近い声が零れた。それを何度も何度も繰り返す。拒絶の言葉は聞き飽きた。違う言葉が聞きたい。けれど、肉と肉がぶつかり合う音の合間に響くのは悲痛な声だけだった。

最奥へ精を吐き出し、性器を引き抜く。白い精液が糸を引き、垂れ落ちる。腰を支えていた手を離すと、そのまま力なく崩れ倒れた。肩で息をし、怯えた目を向けることもなく俯き、すすり泣いている。その体を今度は仰向けにし、両足を肩に担ぎ上げた。精を吐き出したばかりだというのに、性器は硬度を持ち、勃ち上がっている。初めとは形が変わってしまっているそこに宛てがえば、くち、と粘液が音を立てた。

「……おねがい、だから……」

声は擦れ、注意しなければ聞き取れないほどか細い。

「なんでも、しますから、だから、……もう、しないで……」

しゃくり上げながら伝えられた言葉は魅力的だった。例え嘘でも好きだと言ってもらえたらいい。ジャーファルから口づけしてもらい、愛おしげに抱きしめてもらう。いまなら簡単に叶えられる。けれどそれはまがい物であり、為された後から虚しくなると分かりきっていた。
手を伸ばし、頬を濡らす涙を拭い取った。この人の弱々しい姿はこんなにも庇護欲をそそるものなのか、と不思議な気持で思う。涙を拭う指先が優しいことで安堵したのか、ふっと体の力を抜いたのが伝わった。このまま優しく涙を拭い続ければ、また意識を手放し、深い眠りにつくのだろう。気絶したジャーファルの体を清め、体液で汚れた敷布や衣服を処分し、何事もなかったかのように部屋を整える。取返しのつかないことをしたとはいえ、現時点での最良の選択だ。

「ゆるして、くれる……?」

不安と期待の混じった声が問う。じっと見つめてくる目は、マスルールが願いを受け入れてくれると信じ切っている目だ。その視線に応えるように目を細め、ぐっと体を折り曲げる。先端が肉に埋まる。

「あ、ああ……っ、や、いや、っあぁ!」

奥深くまで受け入れるのに抵抗はほとんどなかった。先端で奥をゆるゆると擦れば、きゅうっと膣が収縮し、求めるように蠢く。軽く体を揺すり、ゆったりと快楽を引きずり出す。呼吸が荒くなり、頬が上気し始める。乱暴に揺すられていた時より怯えた顔をするのがおかしくて、探り当てた弱いところの近くを撫でるように先端で掻く。

「……っ、なんでも、する、から、……だから!」

切羽詰まった表情で訴えるジャーファルの顔の横に両手をつく。性器が更に奥を引っ掻く。与えたものが散らないように仰け反る体を押さえつければ息を飲んだ。言葉はない。

「…………何も」

見開かれた目は宙を見るばかりで、マスルールの言葉が届いているかどうかはわからなかった。

「何も、望みません」

好きだという言葉も、口づけも、抱擁も、強制で為されたものならば何ひとついらない。それ以外の望みはいま叶えている。だから、望むものはなにもなかった。ジャーファルはただ首を振るい、時折、呻くように咽を鳴らすだけで聞いている様子はない。ちいさく息を吐き出し、腰を揺らす。弱点を強く擦れば、一層きつく締めつけられた。釣られるように射精し、中を満たす。すすり泣く声だけが部屋に響く。何度も交わった部分はすっかり慣れ合って、隙間なくぴったりと寄り添っている。

「……きみの、好きにしていい、だから、……もう中には、出さないで……」

静かな声に目を瞬く。体を貪ることに夢中で何も考えず中に出していたが、腹の中に精を吐き出せば子を孕むのは道理だ。ジャーファルの白い腹に視線を落とす。いまは平たい腹が、孕めば大きく膨らんでゆく。膨らんだ腹には子供がいる。他の男の、好いた男の子供ではなく、自分との子供が。その可能性に心臓が鼓動を速めた。

そうなれば、いまだけではなく、ずっとこの人は俺のものになるんじゃないか。浮かんだ考えに取り憑かれて、それ以外のことを考えられなくなる。この人を自分のものにしたい。他の誰にも渡したくない。どんな形でもいいから繋ぎ止めたい。そんな欲望ばかりが大きくなって、思考を支配した。

ジャーファルはぐったりと横たわり、ただ天井を見上げている。ゆっくりと上下する胸を視認できなければ、死んでいるのではないかと疑われるほど表情は虚ろだ。 手を伸ばし、髪を撫でる。どうすればいいのか、問いは浮かぶ。浮かぶだけで迷う思考も、問いへの答えもなかった。体の奥から沸き上がる衝動に任せるだけだ。

いまだ繋がったままの体を引き寄せ近づける。抵抗はなく、拒絶の言葉もない。そのことにひどく安堵する。受け入れられたとは思っていない。それでも、拒絶されないのは喜びをもたらした。肩口に顔を埋め、鼻先をくっつける。白い肌はあたたかく、すべやかだった。手のひらで胸をまさぐりながら、肩に歯を立てて跡を残す。ジャーファルの体は時折かすかな反応を示すばかりで、抵抗の意志もなければ、求める仕草もなかった。中に収められたままの性器は質量を持ち始め、それに反応するように肉壁が蠢いた。そのまま腰を振ってもよかったが、一度引き抜く。

「……掻き出すんで、足開いてもらってもいいですか」

返事はなく、変わりにゆっくり足が開かれた。秘裂へと二本の指を滑り込ませ、ゆっくりと掻き回す。精液が足を伝って、敷布へと跡を残した。無言のまま指を動かし続ければ、掻き出された液体が足と足の間に大きな染みを作った。

掻き出されたことに安堵したのかちいさく息を吐き出し、何度か瞬きをした後、ジャーファルは目を閉じた。覆い被さっても、マスルールを見ることもなく目は閉じられたままだった。その額に軽く口づけを落とし、体を離す。隣りの部屋へ行き、葡萄酒の入った瓶を手に取った。そのまま瓶に口をつけて、喉を潤す。

酒瓶を持ったまま寝室へ戻っても、ジャーファルは目を閉じたままで身動きひとつしていなかった。寝台へ腰を下ろし、ジャーファルの頬を撫でる。

「ジャーファルさん」

名前を呼べば、うっすらと目を開けた。生気のない瞳がぼんやりとマスルールを見上げている。口移しで葡萄酒を飲ませれば、喉が動いた。

「もう少し、飲みますか」

こくん、と頷いたのを確認してから、再度口移しで飲ませる。 喉が動いたのを確認してから、唇を重ね、舌を絡ませ合う。同時に胸を撫で、優しく包み込んだ。ジャーファルの体はどこもやわらかい。鍛えられた体はしなやかで、やわらかさばかりではないが、それでもやわらかいと思う。その体をひっくり返し、腰を掴んで引き上げた。

精液を掻き出されたばかりの秘裂に猛った性器を突き立てれば、眉根が寄り、苦痛に耐えるように唇を噛み締める。先ほどの言葉が甦る。好きにしていいと言った。それから、中には出さないでほしい、と。その言葉に対する返答は何もしていない。

「……中に、出します」

耳元へ囁けば、大きく目を見開き、首を振るう。逃げようと腕を伸ばし、敷布を掴むが、体が動くことはない。腰を掴んでいた手のひらに力を込める。絶対に逃がさないと意志を伝えるように強く。

「だめ……!だめ、それだけは、もう……っ」

擦れた声が訴える。涙が眦に浮かび、頬を零れた。

「やだやだやだ!もういやッ、たすけて……!」

寝台に顔を埋めて叫ぶ声もか細くて、上手く聞き取れない。誰かの名前を繰り返していると気づいたのはしばらくしてからだ。不快感を押さえつけ、耳を寄せる。耳に届いたのは王の名前だった。その名を聞いた時、初めて後悔する気持が沸き上がってきた。

ジャーファルが踏みにじられたことも、踏みにじったのがマスルールであることもどちらも王を深く傷つけるだろう。もしジャーファルが王を男として慕っていればこんなことにはならなかった。どうしてあの人では駄目だったのか。無理矢理に犯されて、助けを求めようと呼ぶ名は王の名なのに。

「……先輩じゃないんですか」

違う、と首を振るえば、それだけで許せる気がした。引きずり出された怒りが和らぎ、もう二度としないと誓うこともできる。ジャーファルは言う。途切れそうな、震える声で。

「知られ、たく、ない……、あの子には、……知られたく……」

言葉は最後まで吐き出されずに、咽奥に消えた。すすり泣く声が静かに響く。知られたくないと泣くジャーファルの、頼りない首を見下ろす。簡単に折れてしまいそうな細い首。その皮膚にはいくつかの鬱血が浮かんでいる。首ばかりではない。胸元や背中にも点々と散らばっていた。見ればすぐにわかる。他の男に抱かれたのだと。だから、この跡が消えぬ限り、肌を晒すことはない。

目を細めて、ジャーファルを見る。舞い戻ってきた怒りを確認して、息を吐き落とす。どうしても許せなかった。身勝手だと自覚していてなお、他の男に心を奪われたことを、自分を見てくれないことを許すことができなかった。望む通り素直で聞き分けよく傍にいたではないかと責め立てたくなる。全部あんたが望んだように。それなのに、どうして俺の望むものをくれないのか、と。

「……さっき、なんでもするって」

おそるおそる振り返るジャーファルの目にわずか期待する色が見えた。

「する、……なんでも、だからもう」
「じゃあ、俺の子供を産んでください」

言われた言葉が理解出来ないのか、したくないのか、不思議そうな顔をした。

「無理なら、俺はあんたを好きにするし、中にも出す」

期待する色は剥がれ落ち、呆然とマスルールを見る。その表情を見ていると、不思議と喜びを感じた。今、マスルールがジャーファルに与えたいのは絶望、それひとつだった。

先端だけ残し性器を引き抜き、腰を打ちつける。肉と肉がぶつかり合う音が響く。めちゃくちゃにして壊してしまいたい。貪り尽くして、自分の物にしたい。もはや不可能だとわかっていても、足掻かなければ苦しくて苦しくて狂いそうになる。


マスルールがジャーファルを解放したのは、空が白んできた頃だった。気を失った後も犯し続け、腹の中を精液で満たした。無数の情事の跡と体液のこびりついた体を前に浮かんだのは、暗い喜びと、それから虚しさだった。どれほど貪っても満たされない虚しさが心に張りついている。傍にいればまた手を伸ばすだろう。手を伸ばし続ければ、応えてくれるのではないかと期待する気持はどうしたって消せなかった。


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