03


夕餉を終えて部屋へ向かうと、ジャーファルはまだ官服のままだった。緑色の被り布はなく、腰帯がわずかばかり弛んでいる。

「着替え」
「途中までね。気にしないで、そこに座って」

指し示された長椅子に座る。目の前の机には飲み物と菓子、果物が置いてある。ジャーファルがマスルールのためにと菓子や果物を用意するのは今に始まったことではない。幼い頃から変わらない習慣に苦いものがこみ上げる。幼い頃と違うのは、杯に注がれるのが葡萄色の酒であることだ。ジャーファルは飲むつもりはないらしく、杯の中には水がゆらめている。

「それで、悩みって?」
「…………」

どうやって切り出せばいいだろう。考えあぐね、押し黙っていると、ジャーファルが顔を覗き込んできた。

「嫌なことがあったの。誰かからいじめられたとか、大切な物を壊しちゃったとか」

違う、と首を振るう。

「……ジャーファルさんは」
「うん」
「好きな人、いますか」

その質問に驚いたように目を見開き、

「マスルールの相談って恋愛相談なの?私じゃどうしようもないなあ」

途方に暮れたように呟いた。

「……いますか」
「いないよ。私、そういうのわからなくて」

役に立たなくてごめん、と笑うジャーファルの顔に動揺はない。けれど、安堵は出来なかった。言葉に嘘がなくとも、自覚していないだけかもしれない。傍らに置かれていたジャーファルの手首を掴む。

「……ッ、どうしたの?」

緊張のせいか、強く握りしめてしまったようで、ジャーファルの顔が痛みで歪んだ。力を緩めなくてはいけないとわかっているのに、握りしめる力は強くなるばかりだった。

「マスルール!力、緩めて!」

その声でようやくのこと力を緩めることが出来た。

「……すみません」
「本当にどうしたの。大丈夫?嫌なこと、あったんじゃないの……?」

心配そうに問いかけてくるジャーファルの手首にはくっきりと指の跡がついている。嫌なことは、あった。昼間目にした嫌なことが。

静かに息を吐き出す。ジャーファルにどうしても聞かなくてはならないことがあった。聞いたあとにどうするかは考えていない。答えを聞いて、それから考えよう。今度は意識して、ジャーファルの手首を掴んだ。強い力ではない。振り解こうと思えば、すぐに振り解ける強さだったが、ジャーファルはおとなしくそのままにしている。マスルールの手の上に、優しく手が置かれた。

「好きな子、いるんだね。……難しい相手だから困ってるの?私に出来ることがあるなら、なんでも言って。私じゃ力不足だったら、シンもいるし、皆もいる。そりゃこういうことは相手の気持次第だから思い通りっていうのは難しいかもしれないけどね、私は応援するし、もし振られたら一緒にやけ酒飲もう。どんな子なの?可愛い子?」
「先輩のこと好きなんすか」

一息に口に出せば、きょとんと不思議そうに目を見開いた。そのうち質問の意味を理解したのか、頬に朱が走った。

「な、なん、で、そんなこと……」
「違うんすか」
「違うよ、そんな、やだなあ。どうして、そんなおかしなこと、言うの。だって、私、さっき好きな人いないって……」

そう言った、と消え入りそうな声が答える。

「……どうしてさっきから私の話ばっかりするの。私、きみの話を聞くために時間作ったのに」

不服そうに呟く頬にはまだ赤みが残っている。それだけで十分だった。些細なことで、ジャーファルは動揺しない。視線も落ち着き悪くさまよっては、動揺と緊張を伺わせた。

「……好きなんすね」
「違うったら!もう、どうしてそんなことばっかり!」

頬に赤色が戻ってくる。それを見ていたくなくて、ジャーファルを抱き寄せ、腕の中に閉じこめた。いきなりのことに驚いたのか、ジャーファルは腕の中で硬直している。腰に回した腕に力を込めて、抱き寄せれば体がぴたりとくっつき、隙間がなくなった。

「マスルール……?」

名前を呼ぶ声には戸惑いだけがあった。耳元で「どうしたの?」と不安げな問いが響く。抱きしめたジャーファルの体は細くてやわらかくてあたたかくて、それから頼りなかった。力で押さえ込めば、逃げることは出来ない。どくどくと全身に熱い血が巡ってゆく。今ならば体だけでも手に入れることが出来る。

頭の中を今までの欲望がよぎった。初めてジャーファルを犯す夢を見た時のこと、自分を慰める時に思い浮かべていた白い肌、娼婦を抱きながらずっとジャーファルのことばかり考えていたこと。その欲望の大元が腕の中にあった。

抱きしめていた体を離すと、ほっとしたように息を吐き出した。ジャーファルの顔に警戒はなく、静かにマスルールを見つめている。

「マスルールが好きな人って、私……?」

何も答えず、ジャーファルの肩を掴み、力を込めて押した。そのまま押し倒して覆い被さる。それでも表情に変わりはなく、怯えも怒りも見つけだすことは出来ない。この行動の意味を理解していないとは思えない。それでも、ジャーファルはただ静かにマスルールを見つめるばかりだ。

「……ごめん」

ぽつり、と呟かれた言葉はやはり静かだった。ジャーファルはマスルールの気持を理解した。そうして答えをくれた。受け入れることは出来ないという答えを。

切なさと諦めが体を支配した。どうあっても、この人にとって自分は可愛い後輩でしかないのだと突きつけられる。ほんの少しだけでも怯えや嫌悪、怒りを見つけることが出来たなら、男として認識してくれたと安堵したろう。

初恋、だった。幼い頃にこの人を守りたいと思った。その気持はいまもまだ心にある。恋愛など知らないこの人が恋をした。それを目の当たりにして、動揺し、それから心を激しく妬く炎に混乱した。昼間見た光景は理性を揺らがすには十分すぎた。このままでは誰かのものになってしまうという焦燥がこの身を駆り立て、押し倒してしまうまでに至ったけれど、与えられたのは信頼ただひとつ。差し出された信頼は長い間に作られたものだった。とても大切なもので、失いたくはないもの。それに、子供としてしか見てもらえない絶望が何もかもを諦めさせた。おそらく傷つけることすら出来ないのだろう、そう思った。

押し倒された体を起こしたジャーファルは、乱暴に扱ったせいでわずかに乱れた官服を直している。その顔はやはり穏やかで、いつもと変わりはない。

「……すみません」

ぽつり、と言葉を落とすと、こちらを見て、ちいさく笑った。

「ちょっと驚いたけど、それだけ。謝らなくてもいいよ」

その言葉に傷つきはするが、同時に安堵もした。これからもこの人との関係は変わることなく続いてゆく。恋した相手と上手くいったとしても、いつまでも続くとは限らない。その時には、自分を男として見てくれるだろうか。遠いいつかでかまわない。この人と通じ合いたい。そのためにもこの人を踏みにじってはいけない。

「ごめんね」

ジャーファルが呟く。

「私、こういうの疎くて」
「いえ……」

俯くジャーファルの横顔を眺める。見慣れた横顔だった。頬に銀色の髪がかかっている。乱れた髪を直そうと、なんとなしに手を伸ばす。指が髪に触れるか触れないかの瞬間、びくり、と大きく体を跳ねさせた。指が止まる。ジャーファルの表情が一瞬だけ強張り、すぐに取り繕われた。

「ああ、髪が乱れてた?」
「……はい」

呟き、止めていた指を伸ばし、髪を整える。そのまま指を髪の中に挿し入れた。ジャーファルは笑みを浮かべたまま「どうしたの?」と問いかける。その表情の中から常と違う色を見つけだそうと、じっと見つめた。表情に変わりはない。体のどこにも力はこもっていない。ジャーファルは信じている。マスルールが自分を傷つける訳がない、と。傷つけるような人間ではない、と。その信頼があるから、傷つけることが出来ない。

「マスルール」

動かぬ腕に、そっと白い手が添えられた。その指に緊張はない。けれど、本当にそうだろうか。怯えを押し隠しているだけではないのか。腕に添えられた手を左手で握りしめ、引き剥がす。瞳が揺れる。戸惑いがあった。居心地悪そうに視線が泳ぐ。

「……俺のこと怖くないですか」
「怖くは、ないけど、……困ってる」

そうですか、と言葉を落とし、腕を離した。その後、髪の中に挿し入れていた手も引っ込める。

「すみません、一度髪触ってみたくて」

再度謝る。ううん、と首を振るい、いつもと同じように笑顔を浮かべた。

「それじゃあ、私、まだ仕事が残っているから」
「……邪魔っすか」
「邪魔じゃないよ。でも、明日も朝議があるし、部屋に戻って休んでくれると助かるかな」

わかりました、と頷いて立ち上がると、ジャーファルも立ち上がった。

「お菓子、持っていく?」
「いえ、腹いっぱいなんで」
「そう。じゃあ、また明日」

このまま素直に部屋から立ち去れば、いつもと変わらない明日がやってくる。そう分かっている筈なのに、立ち去りがたくてその場に突っ立ったままジャーファルを見る。どれだけ注意深く見つめても、その顔に浮かぶのは信頼に満ちた笑顔だ。不意に思ったのは、不自然だ、ということだった。いくら可愛いと常日頃から言っている相手であっても、押し倒されて、こんなにも穏やかでいられるものだろうか。

「本当に、怖くないですか」
「怖くないよ。……嫌われたと思って不安?」

ふふっ、とからかうようにジャーファルが笑う。確かにその不安はあったから、おとなしく頷く。

「だって、きみは無理強いなんかしないって知っているから、怖くないし、嫌いにもならない」

はっきりと伝えられた言葉に、胸に苦みが走る。本当は醜い欲望を持っているし、無理矢理にでも自分のものにしてしまいたい。ジャーファルが見るマスルールの姿と本来の姿には隔たりがあって、けれど、ジャーファルが望む姿になりたいと努めてきたのはマスルール自身だった。

「……また明日」

部屋から出て、ジャーファルが「おやすみ」と言って扉を閉めようとした時に、咄嗟に扉を押さえたのはやはりまだ何かを話していたいからだった。

「どうしたの、忘れ物?」

忘れ物などしてはいなかった。けれどもなんとか場を繋ぎたくて「はい」と答える。

「今、持ってくるよ」

そう言って、ジャーファルが背を向けた時に脳裏を過ぎったのは、髪に触れようとした時に体をびくつかせたジャーファルの姿だった。本当にこの人は俺のことが怖くないのだろうか。息を詰めて、静かに部屋へと入り込む。ありもしない忘れ物を探すジャーファルの背後に立つ。

背を向けたままのジャーファルに手を伸ばし、強く抱き込めた。細い体は腕の中にすっぽりと収まり、それから大きく震えた。

「……っ!」

身を捩らせるジャーファルをおとなしく腕の中から逃がす。

「い、きなり抱きつく、から、それで驚いて」

本当にそれだけ、とぎこちなく笑う顔に力が抜けた。それは言い訳でしかなかった。怯えていない、信頼に傷は入っていない、と示すための言葉。繕う必要があるのは、ほつれているからだ。なんだ、やっぱり怖かったのか。当たり前のことだ。夜に男とふたりきりの部屋で押し倒され、抱き込められた。あからさまな意図を持つ行動に対して、ジャーファルの態度は不自然だった。

距離を取ろうと後ずさるジャーファルの腕を掴み、無理矢理に引き寄せた。もう片方の手を後頭部に回し、髪を掴んで上を向かせると同時に噛みつくように口づける。

「……ッ!」

唇の合間に舌をねじ込み、歯列をなぞり、舐める。もがく体を腕の中に押し込め、逃がすまいと力の限り引き寄せた。

「んん……っ、やめ、……離し、て」

言われるまま唇を離す。荒く呼吸を繰り返すジャーファルの顔に、先ほどの穏やかな色はない。怒りもない。黒い瞳が揺れ、おそるおそるマスルールを見た。その顔に浮かぶのは、怯えだった。

「あんたの唇、やわらかいんすね」

呟くと、短く息を飲んだ。泣き出しそうに顔が歪む。違う、と唇が動いた。違う、怖くない、だって私はきみを信じてる、紡がれた言葉はか細い。おそらく知っていたのだろう。マスルールを押しとどめる方法は、最後まで信頼することだ、と。だから怯えを押し殺した。

「……もういらないんです」

ひびの入ってしまった信頼よりもっと欲しいものがある。欲しくて欲しくてたまらないものが。他の誰かの手に渡るくらいならば、無理矢理にでも奪ってしまいたいものが。

再度唇を奪い、体を掻き抱く。腕の中に恋い焦がれた体がある。触れる唇はずっと触れたかった唇だ。優しい言葉を紡ぎ、信頼を伝えていた唇。いつか自分への恋を紡いでくれないかと願っていた。抱きしめ、口づけを繰り返すうち、体の奥底から凶暴な欲が顔を出す。呼吸が荒くなる。もっと欲しい、もっと触れたい。もっと深く、深く、体の奥底まで。

「お願いだから、離して、……怖い」

きつく目を閉じ、震える声で吐き出す。怖い、と呟く声はあまりにもか細く、頼りなかった。わずかに心が揺らぐ。傷つけたくない人だ、と頭の片隅で思う。同時に体の奥底からぞくぞくと震えが走った。傷つけることが出来る。傷つけたくない人を、自分自身の手で傷つけて、そうして傷つけている間、この人はずっと俺のことばかりを考える。それはあまりにも甘美な誘惑だった。

傷つけたい、傷つけたくない、相反する思いに迷いながらも、体は勝手に動いた。腕を掴み、寝室まで引きずると、寝台へと投げ出す。寝台に投げ出されたジャーファルは、距離をとるように後ずさり、顔を歪めた。嫌々と首を振るい、逃げだそうとしている。

怖いのだ。男として見ているから、怖くて、逃げようとする。嬉しかった。子供ではなく、男として意識されているという事実が。それをいつまでも保っていてもらうために、逃がす訳にはいかない。もっと知ってもらわなければならない。方法はただひとつ。

「……来ないで」

絞り出すように訴える声は震えている。視線はマスルールに見据えられ、時折逃げる隙を探るように背後の扉へと移動した。足を止め、ジャーファルを見つめる。怯えの中にも強い意志が覗く目を見つめていると恋情が湧き出して胸を締めつけた。どうしてもこの人が欲しい。

寝台に身を乗り出すと、ぎくりと体を強張らせた。駆け出そうとする体を引き戻し、手首を掴むと寝台に押しつけ、覆い被さる。触れる。触れられる。好きに扱うことが出来る。そう考えただけで全身の血が滾って、下半身が張りつめた。幾度か見た夢のように犯して、嫌だ、やめて、と泣くジャーファルを傷つける。嫌悪していた夢は結局叶えたい願望だったのか、頭の隅で思う。

「……お願いだから……」
「あんたのこと、夢の中で何度も、犯しました」
「なに、言って……」
「女を抱く時はいつもあんたのことを思い浮かべた。……ずっとこうしたかった」
「聞きたくない!」

わかりました、と答えて、唇を塞ぐ。やわらかい唇はいくら重ねても飽きることはない。

「……ッや」

体の下で細い足がもがく。離した両腕で必死に押しやろうとするが、ジャーファルの腕力では適えられない。体を反転させると、白い腕が敷布を掻き、抜け出そうと無駄な足掻きを繰り返す。背後から抱きすくめ、首に齧りついた。すべすべとした皮膚に歯を突き立てる。肉の感触だ。いまから骨の随まで喰らい尽くせるのだと思えば、全身に痺れが走った。

「……あんたが知らなかっただけだ」

そうだ、ジャーファルが知らなかっただけだ。恋心を自覚したあの日からずっとマスルールの欲望の対象はジャーファルだけだった。自分を慰める時はいつもジャーファルの肌を思い浮かべた。ジャーファルを犯す夢を何度も見た。無防備に体を預けてくるジャーファルに、体が反応を示し、困ったこともある。けれど、一度もさらけ出したことはなかった。そうすることで傾けられる情や信頼を失いたくなかった。もう過去のことだ。

「離して……!」

胸の奥から吐き出すようにして出された言葉にも心は揺らぐことはない。両手首に指を這わせ、袖口に差し入れる。ジャーファルの手首から腕には赤い紐が巻きつけられている。紐の先には刃物が括りつけてあり、それで王を守り、敵を打ち破るのだった。その紐を緩ませ、伸ばす。十分な余裕ができたところで寝台に括りつけ、きつく縛った。規則性もないもない、雑な縛り方だ。力任せに結び目を作ったものだから、縛った本人ですら解き方がわからない。

「……嫌、いやです、やめて」

声が震えている。顔を覗き込めば、涙が零れているかもしれなかった。表情を見ないように努めながら、服の上から体を撫でた。背中、腰、尻、太腿、膝、脹ら脛、足首。足首まで撫でた後、腰布の裾へと手を滑り込ませれば、体が強張った。忍び込んでくる腕から逃げようと身を捩らせ、足をばたつかせる。気にせず手を移動させた。脹ら脛、膝、太腿。しっとりと吸いつくような肌は気持良かった。触れている間もずっと、いや、いや、と何度も繰り返し呟いている。繰り返すことで、いつものように聞き分けよく振る舞ってくれると願っているように思えた。

腰布が捲れ上がって、普段は隠されている足が露になる。ほっそりとして、肉のついた白い足。白い皮膚に残る引き攣れた傷跡は生々しく、不思議と欲望をそそった。できることならば、いますぐに突き入れたかった。その気持を押さえつけ、足の間に指を差し入れる。

「…………っ!」

ぴたりと閉じた秘裂を指先でなぞる。指を中へと潜り込ませると、硬直して動きが止まった。細い声が、痛い、と訴える。確かに指ですら締めつけがきつく、性器を受け入れるのは難しいように思えた。中に滑り込ませた指で撫でるように動かしたが、苦痛しかないのか湿ることはない。仕方なく指を引き抜き、たっぷりと唾液を含ませてから再度指を差し入れた。根気よく、中を傷つけないように擦れば、指先に粘液が纏わりついてきた。

「……や、いや、やめて……」

ぐす、とすすり泣く声が聞こえる。ひどくか細い声で、胸が掻きむしられるように痛んだ。その痛みは、同時に荒々しい欲望を引きずり出す。もっと、聞きたい。もっと泣かせたい。急き立てられるまま、ジャーファルの腰を持ち上げ、膝を付かせると、性器を取り出し覆い被さった。

「離して、お願いだから、離して!嫌です!たすけて……ッ」

拘束を外そうと力の限り、腕を引き、結び目に歯を立てる。赤い紐の巻きついた手首の皮膚は、赤く擦れ、血が滲んでいた。腕を伸ばし、制止するように拘束されたままの両手首を掴む。ジャーファルは唇を噛み締め、マスルールを見る。手に噛みつくなりすればいいのに、と思い、すぐさまこんな状況でも傷つけることはできないのかと目を細めた。

「……誰に」

ジャーファルの両目からは涙が零れ、敷布に跡を残している。

「助けて、ほしいんですか」

その名前を口に出せばどうなるのか、ジャーファルも理解しているのだろう、何も答えず、ただ許しを乞うような視線を向けるばかりだ。まだ、可愛い後輩という立場は残っているのだろうか。考え、考えただけで終わった。膣口に先端を押しつけ、すこしずつ埋めていく。

「い、や……っ、やだ、お願いやめて、いや、いやです、お願いだから許して……!」

先ほどから同じ言葉ばかりだ。繰り返された言葉は、最早意味を理解するための言葉でなく、ジャーファルの唇から零れるただの音としてしか認識されない。引きつった、縋るような、怯えるような、声音。一度も向けられたことのない響き。それをもっと聞きたい。

「やだ、やだぁ……っ、痛い、抜いて……ッ!」

細い腰に受け止められるものだろうかと不安に思っていたが、丁寧に押し進めたおかげか、大部分を飲み込み、受け入れた。それでも肉の壁は、異物を排除しようときつく性器を締めつけ、痛みすら与える。幾度の懇願も聞き入れてもらえず、無理矢理に貫かれたジャーファルは、言葉を諦め、寝台に顔を埋めて肩を震わせていた。

痛い、と言った。苦しいとも言った。いやだ、やめて、お願いします、離して、痛い、やだ、もう許して、抜いて、苦しい、いやだ、拒絶の言葉ばかり繰り返し、そうして欲を煽った。嫌だという言葉を聞くためには、嫌がることをすればよかった。許してと懇願されるために、許してはいけなかった。そうやってすべての言葉を引き出しながら、奥まで押し進めた。だが、それで終わりではない。抜き差しを繰り返し、奥を抉り、欲望を吐き出さねばならなかった。

ぐったりと横たわるジャーファルへ手のひらを伸ばし、こちらへと視線を向かせる。目からは涙がこぼれ、力のない目がぼんやりとマスルールを見つめた。もういやだ、と 唇が動く。その唇に軽く口づけてから、腰を引き、また押し込んだ。開かれた唇からは悲痛な訴えしか零れず、その声は夢の中で聞いたものだった。いや、夢の中で聞いた声より痛々しく、心を引っ掻き、たまらない気持にさせた。欲望のままに抽送を繰り返した後、奥へと射精する。

そうやって一度目の性交が終わり、性器が引き抜かれた時、ジャーファルには抵抗する気力など欠片も残ってはいなかった。こんなのいや……と力なく呟いたかと思えば、そのまま気を失ってしまった。拘束していた紐を時間を掛けて解き、血の滲んだ手首を優しく撫でる。それから、まだ乾いていない涙の跡を指で拭き取る。

これが夢であれば、少なくともジャーファルにとっては良かったのだろう。そんなことを思いながら、腰帯を緩めた。上衣を剥ぎ取り、服の釦を外した後、両手で布を掴み、そのまま切り裂く。布は碌な抵抗もせずに切り裂かれ、白い胸が露になる。長い間、押し隠し、堪えていた欲望は一度の性交では到底満たされる筈もなかった。

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