02


手を伸ばし、そばかすの浮かぶ白い頬に触れる。頬はほんのりと色づき、黒い目は潤んでマスルールを見つめた。薄い唇を啄めば、目を細めて笑う。たまらなくなって今度は深く口づけた。舌を滑り込ませて口腔を探れば、腕の中の体がちいさく震える。

押し倒した体に覆い被さり、額や頬、鼻の頭、それから唇に何度も何度も口づけた。同時に手を這わせ、腰帯を解き、衣服を剥ぎ取っていく。手のひらに収まる大きさの乳房を優しく揉めば、頬の赤みは強くなった。――可愛い、とそう思った。胸の奥から湧き上がる愛しさが、余裕を削っていく。深く口づけ、次に乳房に吸いつき、足の間に腕を滑り込ませて膣口に探り、指を潜り込ませると抜き差しを繰り返して肉をやわらげた。やがて粘膜が溢れ、受け入れる準備が整ったことを知らせる。
十分に潤んだ膣口に性器を当てると、「……ゆっくり、挿れて」と耳元で懇願の声が囁かれた。素直に頷き、動きを緩やかにする。時間をかけて根本まで押し込み、ジャーファルの顔を覗き込む。潤んだ目から涙が溢れて、頬を流れ落ちた。いまだ受け入れることに慣れていないのか、苦しげな顔をしている。

名前を呼び、腰を引いた。表情が強ばり、「まだ、だめ……!」とちいさく叫ぶ。その声を封じ込めるように唇を塞ぎ、思うままに突き上げた。悲鳴は唇に押さえ込まれて外へ吐き出されることはない。また腰を引き、それから突き上げる。欲望のままに抽送を繰り返せば、ジャーファルの唇から溢れるのは甘い嬌声だけになった。

「っあ、ああ、……ん、っふぁ……、そんなにしちゃ、だめ……っ!」

首を振るうと白銀の髪が敷布を打った。逃げるようにして体を捩るジャーファルをおとなしく解放する。体内から性器が抜けると、逃げた癖に切なげな表情を浮かべた。伸ばした手で頭を引き寄せ、口づける。

「……マスルール……」

縋るような声だった。もう一度口づけてから、ジャーファルの体を反転させて四つん這いにした後、腰を掴んで引き寄せる。

「っ、んん……!」

一度貫かれた秘裂はなんなく性器を飲み込む。頼りなさげな腰を掴み、思うままに揺さぶり、中に精を吐き出した。



「…………」

手のひらに吐き出した精を乱暴に布でぬぐい取り、静かに息を吐き出す。虚しさが胸に張りついて嫌な気持になった。一体幾度、こうやって自分を慰めただろうか。十五の頃にジャーファルへの気持を自覚して、今はもう二十歳になった。あの時に抱いた欲望は、一時も離れることなくマスルールの内に巣食っている。

昼間、この手のひらで支えたジャーファルの肩は華奢だった。布越しに触れたその頼りなさに、体の奥底から欲望を引きずり出された。布の裾から覗く手首も細く、押さえ込もうと思えば、容易く叶えることが出来る。力を込めれば折れてしまいそうな、その手首を掴み、押さえつけ、欲望のままに犯してしまいたい。

その願望はマスルールをひどく苦しめ、傷つけた。自分の中にあまりにも卑劣で醜い欲望があること、その欲望が他の誰でもない、大切にしたいと願うジャーファルに向かっていることが苦しくてたまらなかった。欲望を否定したいがために、己を慰める時は甘い想像を求めた。想い合っていなければ意味がない、そうでなければ気持良くはなれない。そのことを確認したかった。けれど、自慰の後に感じるのは虚しさばかり。甘い想像も、快楽も、一時的な慰めを与えるだけだった。

マスルールは時々考える。夜遅くジャーファルの部屋を訪ね、迎え入れてもらう。ジャーファルは何も疑わず、快く部屋へ通してくれるだろう。部屋の扉が閉まったら、無防備な背中を抱きしめ、首筋へ噛みつく。驚くジャーファルを押さえつけて力づくで犯す。あまりにも簡単に実行出来るからこそ、抑えるには苦労した。実際、部屋の前まで行ったこともある。

その度に目蓋に浮かぶのはジャーファルがマスルールを見つめる優しい瞳であり、愛しげな笑みだった。時には、きみは良い子だねと囁く声だったり、無防備に肩にもたれて眠る体の重さだったりもした。それらの思い出は、欲望を静かに宥め、泣きたくなるような哀愁でマスルールの心を満たす。己の欲望を叶えるために、それらを捨てることは到底出来なかった。

ジャーファルはマスルールの気持に気づいていない。優しい眼差しは変わらず、頭を撫でる手のひらも幼い頃と同じ。切なさはあった。いつか気づいてくれないだろうか、好きになってくれないだろうか、そんな期待もあった。期待に蓋をし、仕方のないことだ、と納得していたのは、ジャーファルが誰とも恋愛関係を持たなかったからだ。

黒い目に映るのはいつもシンドバッドひとりだった。唯ひとりの王のためにジャーファルは生きていた。シンドバッドのために働き、盾となり、刃となり続けている。恋愛に割く時間は数秒たりともなかった。少なくともマスルールの目にはそう映った。だから、このままでもいいと思えた。この気持が報われずとも、王以外の男に心を奪われなければそれでいい、と。

マスルールとジャーファルの間にあるのは、信頼に満ちた優しい関係だ。それが片方の気持を押し殺したものであっても、ふたりの間にあるのは何物にも代え難い大切な絆だった。その絆を確認する度、マスルールは安堵し、思う。自分さえ欲望を殺せばずっと存在し続ける絆だ、だから知られる訳にはいかない。そうして強く願った。このまま続いていけばいい、と。



その日はいつものように穏やかな日だった。昼食を終え、良い昼寝の場所はないかと王宮内をうろついていた時、目の端に緑色の布がはためいた。その色はいつも一瞬にして心を奪った。落ち着かない気分のまま、その緑色を目指して足を踏み出す。

中庭にたどり着いた時、ジャーファルはひとりではなかった。傍らには褐色の肌をした銀髪の男が立っていて、なにやら一生懸命に話しかけている。ジャーファルはといえば、軽く眉を顰めてはいるものの、その目にはどこか親しげな色が籠もっていた。ざわつく心を宥めるように自分に言い聞かせる。仲間なのだから親しみは当たり前だ。

ふたりが立っているのは中庭の隅で、木の影になっていた。まばらに散らばっている文官や武官はふたりを気に止めることなく、それぞれ仕事の合間の休息を楽しんでいる。足を進めながら、誰かふたりに話しかけてくれないかと思った。誰でもいい、ふたりきりにしないで欲しい。心の中に暗いものが澱んでいく。

ふたりが一緒にいる時に嫌な気持になり始めたのは、ここ数週間のことだった。怒る声は変わらないのに、見つめる目がすこし優しくなった気がする。ジャーファルの目が追うのはいつもシンドバッドだった。それなのに、時折視線の先を辿ると、そこにいるのはシンドバッドではなかった。以前とは違う微かな違いを見つけては、その度に否定する。優しい目は気のせいで、視線はなにかしでかさないかと不安だからだ。

シャルルカンが、ジャーファルを好ましく思っていることは知っていた。シンドバッドの後を追うようにして女遊びを始めた癖に、いつの間にかジャーファルに好意を寄せるようになっていた。そのことに気づいたのは一年前だった。シャルルカンはわかりやすかった。ジャーファルを支えるために肩を抱けばうるさく喚き散らすし、ふたりきりで勉強していれば用もないのに部屋を訪ねてきた。マスルールが好まないように、シャルルカンもジャーファルが他の男とふたりきりになるのは好まない。好意の示し方が露骨になってきた頃から、戸惑うジャーファルの姿を目にするようになった。

「……どういうつもりなんだろう」

答えのわかり切った疑問に、マスルールはいつも間違った答えを示した。なにか失敗してご機嫌取りではないか、子供みたいに構って欲しいのではないか、そんな間違えばかりを口に出した。ジャーファルはどこか安堵したように「そうだよね」と納得する。

それは、他意のない感情だと示されて安心しているのだと思えた。好意を示されては困るのだ、ならば気持を受け入れることはないだろう。そう思ったことを覚えている。それでもシャルルカンは気にせず好意を示し続けた。ジャーファルの態度に変わりはなかった。

その態度が変わり始めたのは数週間前からだ。すこしずつ、すこしずつ、ジャーファルの態度はやわらかくなっていった。最初は「からかうんじゃない!」と声を荒げていたのが、「いい加減にして」と困った声になった。些細な変化に気づく度に息が苦しくなった。気のせいだと思おうとして、実際そう言い聞かせてきた。だが、疑念はいつも胸の中にあって、マスルールを苦しめた。シャルルカンがジャーファルを好きなのは構わない。だが、ジャーファルがすこしでもシャルルカンに好意を寄せるのだとしたら、それはあまりにも堪え難いことだ。

胸に広がる嫌な気持を振り払うように、足早にふたりに近づく。ふたりきりにしておきたくなかった。その時、シャルルカンが一歩踏み出した。いきなりのことに驚いたのか、ジャーファルが後ずさる。背後には木が立っていて、ジャーファルの背中をその場に留めた。顔が近づく。はっきりとは見えなかったが、唇が重なったのは確かだった。その証拠に、シャルルカンが離れた後のジャーファルの頬は真っ赤になっている。何か言おうと口をぱくぱくさせていたが、言葉が見つからなかったのか、シャルルカンを押し退けて走り去ってしまった。

走り去る背中をしばらくの間じっと見つめていたシャルルカンだったが、こちらの視線に気づいたのか振り返った。一瞬驚いたような顔をし、すぐに不機嫌そうに眉を寄せる。お前には関係ないだろ、と唇が動いた。拳を握りしめ、きつく睨みつける。睨み合っていたのは数秒だった。無理矢理に口づけた気まずさがあるせいか、先に視線を反らしたのはシャルルカンだった。ひとつ息を吐き出すと、どこかへ立ち去ってしまった。

すぐにジャーファルを見つけなければならない。口づけされた反応を知らねばならない。白羊塔を見に行き、次に紫獅塔へ向かった。ジャーファルは紫獅塔にある露台にぼんやりと立っていた。ため息を吐き出し、思い出したように指先で唇をなぞる。その仕草に胸が灼けた。

「ジャーファルさん」
「…………」

ぼんやりと宙を眺めているばかりで返事もなければ、反応もない。意識が外部に向いていないのだろう。背後に立ち、もう一度名前を呼ぶと、ようやくのこと反応を返してくれた。

「あれっ、マスルール?い、いつ来たの?全然気づかなかった……。ええと、なにか用事かい」
「……いえ」
「そ、そう」

気まずそうに視線を落としたジャーファルは唇をもごもごと動かしていたが、結局は何も言わずに口を噤んだ。流れる沈黙を断ち切るために、マスルールは口を開く。

「なにか嫌なことでもあったんですか」
「そう見える?」

丸い目がマスルールを見つめた。その黒い目は潤んでいる。頬にはまだ赤みが残っていた。唇は不安げに震えた。明らかにいつものジャーファルではなかった。全身の血が冷えて、凍えてゆくような気がする。

「嫌なこと、なのかな。よくわかんないや。それでね、私、どうしたらいいのかなって……」
「なにが、あったんですか」

ジャーファルは俯いて、数秒考え込む様子を見せた。

「たいしたことじゃないよ。驚いただけ。……でも、きみに話を聞いてもらえてちょっと落ち着いたみたい」

ありがとう、と顔を上げたジャーファルはいつもの笑顔を浮かべている。その笑顔に安堵することは出来なかった。

「……ジャーファルさん」
「なに?」
「今晩、部屋行ってもいいですか」
「いいけど、どうしたの。悩み事でもあるの?」
「はい」
「そう、わかった。私でいいなら相談相手になってあげる。話も聞いてくれたしね」

にこにこと笑う顔はいつもと同じだった。


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