プロローグ


■プロローグ / ほんのり炎ジュっぽい部分があります。


私の名前は夏黄文と言う。
訳あってAV男優をしているが、至って真面目、品行方正、真っ当な男である。そんな私が何故にAV男優をしているかと言うと、それは長い話になる。私の本来の仕事は、練家の第八女紅玉姫様の護衛であり世話役であり、つまりは従者だ。

練家は数十年前から台頭してきた家である。多少荒っぽくはあったが、その手腕であっという間に多大な権力を手に入れた。そんな家の従者だ。一般人よりは権力に近いと言っていい。更に言えば、この家に入った時、私は十把一絡げの使用人であったが、今では紅玉姫君のお付き。これぞ努力の賜物である。

そんな真っ当な仕事に従事している私がこのような仕事を掛け持ちしているのは、練家に居候しているジュダルという名の少年に原因があった。なんだかよくわからないが、彼は特別な星の持ち主であり、彼がいると家が繁栄し、栄華を極めることが出来るという。一家にひとり欲しい人材であるが、眉唾だと私は思う。神官と持ち上げられ、血縁関係もないのに、練家の座敷を我が物顔で歩き回り、跡継ぎである紅炎様にも馴れ馴れしくタメ口で話すといった傍若無人ぶり。その上に、悪戯好きで、人が困る姿を見ては腹を抱えていかにも楽しげに笑い転げる始末の少年である。ぶっちゃけ、ただのクソガキである。彼の悪戯や、気まぐれの餌食に合うのは最早日常であった。

ある時、彼が言ったのだ。ニヤニヤした楽しそうな面で。

「眼鏡ぇ、お前さAVの撮影って興味ある?」

決して好色な表情ではなかった。女体見たい!とか、男女が性交しているところを見たい!とか、そういう意識はまったく感じ取れなかった。感じ取れたのは、私に対する悪意だけだ。つまりは、暇つぶしを兼ねたからかいである。

「……ありません」

きっぱりと拒絶した。ここで曖昧な言葉を返そうものなら、本当は興味あるんだろ!などと言って無理矢理に事実とし、言い触らされる可能性がある。私も健康な成人男性であり、人並みに性欲も抱くが、それを改めて周囲に言い触らされるのは嫌だ。思春期まっただ中の姫君にドン引きされるかもしれない。彼女は私の出世のために必要なお方、距離を取られては困るのだ。

「あると思ったんだよなー!お前、スケベそうな顔してるし!」

聞いてねえ。しかも失礼だ。そこら辺を歩くクソガキだったら、殴り飛ばしているところである。

「そんな眼鏡のために俺からのプレゼント!」

差し出されたのは一枚の紙で、メールをプリントアウトしたものらしかった。嫌々ながら受け取り目を通す。……私の名前が書いてある。その下に、文章が書いてあり、日付や場所が明記してあった。

「……これは?」
「お前、字も読めねえの」

文字は読める。読めるが、読みたくないのだ。文章には、アダルトだとか、面接だとか、男優だのの文字があった。読みたくない。ジュダル殿を見れば、心底楽しそうなうきうきした顔をしている。その喜色満面の笑みを見ていると、こちらの生気が吸い取られていく気がした。

「断りの電話を入れます」
「えー!つっまんねえ男だな!行けよー、折角申込んでやったのに!」
「……頼んでいないであります」
「それはほら、お前の心の奥底に隠した願望を読み取ってやったんだって。俺って優しいから?」

自分でもそんなことは欠片も思っていないだろう笑顔で、ジュダル殿はそう言った。

「断ります」

こいつの言う通りにしたら最後、大変なことになる。練家に知られれば、今の仕事では不服かと折角築き上げた立場を奪われてしまうかもしれない。人がどれほど努力し、魂を売って来たか!媚びを売り、ごまをすり、上の者に取り入ってきたというのに、一瞬で台無しになってしまう。練家にも表立っては言えない黒い部分は多少というか多大にあるが、そういう方面には手を付けていなかった筈だ。ならば私も避けるべきだ。

絶対に意思を曲げないという強い気持でジュダル殿を見つめると、先ほどのまでの嫌な笑顔が消え失せ、じっと私を見返して来た。……すごく嫌な予感しかしない。

「……お前が行かないなら、紅炎に頼む」

何言ってんだ、このガキ。一瞬で血の気が引いた。

「お、落ち着いてください。ジュダル殿、紅炎様は練家の跡継ぎ、大事な身であります。そのような方に、そのような、ねえ?」
「だってお前が嫌だっていうんだから仕方ないだろうが。紅炎だったら、俺の言うこと聞いてくれるし」

以前から、こいつどんだけの権力持ってんだと思っていたが、まさか跡継ぎである紅炎様より上だったとは思わなかった。ということは、言うことを聞いておいても損はないのか?そう思ったのは一瞬、普段甘やかされているジュダル殿のことだ、紅炎様より自分の立場が上だと勝手に思い込んでいる可能性もある。

「神官殿といえども、さすがにそのようなことを言ってはお咎めが」
「言うこと聞いてくんねえなら出て行くって言うし」

お前は我が儘な嫁か。唇を噛み締める私に、ジュダル殿は言葉を続ける。その顔には、楽しそうな笑みが戻ってきていた。

「お前の名前は絶対出すし。ついでにババアにもバラす」

人ひとりどん底に突き落とすような言葉を、よくもそこまで楽しげに吐き出せるものだ。こうなっては私に選択肢はない。全ての臓腑が重みを持ったようだ。心も体も重い。ああはやく姫君に結婚相手が見つかりますように。そうすれば、私も姫君にくっついて、この家から立ち去ることが出来る。とにかくこの男から離れて快適な生活を送りたい。

「行くだろ?」
「……はい」
「あ、俺も行くからな!」
「はい?」
「付き添いだよ、付き添い!心細いだろ?」

……私がこんな目に合ったのは、神官殿の好奇心を満たすためだったようだ。そのくせ、当日待ち合わせの場所に来なかった。後日聞いたところによると、めんどくさくなったということだった。ひどい理由もあったものだ。そんな最悪の状況で足を運んだ面接も最悪であり、ひとりの女性に「あれだけは絶対に嫌です」と存在を否定された。初対面の女になんでそこまで言われなくてはならないのか、と思いはしたが、一応の義理は果たしたし、あの様子では面接で落とされただろう、これで普段の生活に戻れる、と安堵したのに、後日仕事の依頼が来た。こうして私の運命は道を外れてしまったのだった。まったく不幸である。蛇足ではあるが、初対面の女に虫を見る目で見られたという話は神官殿のツボにハマったようで、今でも時々人の顔を見ては、虫……と呟き笑い出す。腹の立つ話である。

それでも私が仕事を続けているのは、偶然にも耳にした大企業の幹部である男の性的な趣味だとか、真偽は確かではないがお偉い方々の噂話にあった。情報は大きな武器だ。しかも裏取引が可能そうな情報などそう易々と得られるものではない。だから私は決めたのだ、やれるところまでやろう、と。……最初の撮影で後悔は、した。


20130516
巻き込まれても前向きだから…>夏黄文

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