前編


テーブルの上に二つ三つの空き缶があった。開けていない缶もある。テーブルの向こう側には赤らんだ頬のシン先輩がいた。缶を手に持っている。同じものを俺も持っていて、同じように頬を赤くしていた。他愛のない会話を繰り返し、どうでもいい冗談を連発しては、ふたりして大笑いする。素面ならば到底笑えない冗談も、おかしくてたまらなかった。

何がきっかけでそうなったのかはよく覚えていない。
折角の連休だ、遊ぶついでに泊っていけ、という話になって、どうせなら羽目を外そうとか、そういうことになったのだと思う。シン先輩は体格も良いし、普段行かないコンビニに、私服で行けば学生とバレる確率は少なかった。実際、何度か買ったこともある、と言った。だが、ジャーファルさんに見つかり、これ以上ないというぐらい怒られてからはやめたそうだ。

「だいじょうぶですかねェ」
「なにがだ?」
「だって、ジャーファル先輩、お隣なんでしょう?」
「バレたら首を絞められる。だから、夜になってからこっそり……と思っていたのに、開けちゃったなぁ」

にこにこしながら言う。俺も首を絞められるんだろうか。怒られる度合いとしてはシン先輩の方が大きいだろうからいいや、とひとくち飲む。ふわふわしていい気分だった。楽しい。思考力が麻痺しているのが自分でも分かる。だけど、いいや、と更に飲む。

「……怒った時のジャーファルはかわいい。いや、怒った時もかわいい」

とろんとした目付きで、唐突に言い始める。
シン先輩はジャーファルさんのことが好きだ。ジャーファルさんについて語る時の表情でどれだけ大切に思っているのかよく分かる。俺もジャーファルさんのことが好きだ。一応は恋のライバルになるのだろうが、あまりギスギスした感情はない。それは、ジャーファルさんが恋愛ごとに疎過ぎるのもひとつの原因で、シン先輩なら諦めがつくなァと思っているのも理由のひとつだ。

「俺は、怒られるのヤですけど」
「眉間がきゅーっと寄って、下から睨みつけられると、この辺りがきゅうっとする」

と、握り拳で胸をとんとんと叩く。シン先輩がジャーファルさんに怒られているのを時たま目撃するが、その度にニコニコと笑っている理由が分かった。ちゃんと反省してるんですかっ、と問いかけられて、うんうんしてる、とにこやかに言える理由も分かった。つまり反省していない。反省しなければ、また怒られる。怒られるとかわいいジャーファルさんを見ることが出来る。その繰り返しだ。同情を禁じ得ない。

「俺は、きょとんってした顔が、好き、ですかねェ」

突拍子もないことを言うと、目を見開き、二三度瞬きをしてじっと見つめ返してくる顔が好きだ。その後、呆れてため息を吐くのも含めて好きだ。胸のところがくすぐったくなる。

シン先輩は、うんうん、と同意するように頷いている。どこが好きか、どこがかわいいか、言い合い、頷く、を繰り返していた時、部屋のドアが開いた。視線の先にいるのは、ジャーファルさんだ。制服を着ている。図書館に行き、いま帰ってきたところだろう。

「……あなたたち」

テーブルの上の空き缶に眉を寄せた後、シン先輩と俺の顔を交互に見つめた。頬が引きつっている。

「なにやってるんですか」

シン先輩に視線を留め、キッと睨みつける。素早く手に持っていた缶を取り上げ、きつい口調で叱りつけた。

「後輩にまで飲ませるなんて!」
「……ごめんなさい」
「謝ればいいってもんじゃありません」
「ごめんなさい」
「もう!」

真面目に聞いていないと判断したのだろう、軽く頭を叩く。ぺしっ、と音がしたが、さほど強くない。シン先輩はへらへら笑っていた。怒られて幸せそうだ。ジャーファルさんはテーブルの傍らに膝を付き、俺の方へ向き直る。

「きみも」

深い溜息を吐き出す。同じようにへらへらと笑っている顔に怒る気力も失せたのだと思う。

「……ちゃんと断りなさい」

今度は俺の持っていた缶を取り上げ、テーブルの上に置く。

「はぁい」

ごめんなさい、と深々と頭を下げると、反省しているのかな、と呆れまじり呟く。多分、酔いが醒めたらしこたま怒られる。確実に怒られる。でも、いまはさほど怒られない。いまは怒っても無駄だと分かっているからだろう。

「いま、お水もってきますから」

と、立ち上がりかけたジャーファルさんの手首をシン先輩が掴んだ。

「ジャーファル」
「なんですか」
「おまえは、本当にかわいいなぁ」
「は?」

言うが早いか、引き寄せ、膝の上に坐らせた。いきなりのことで対応出来なかったのか、すとんと膝の上に収まったジャーファルさんは目を白黒させてシン先輩を見る。

「な、な、な、なにを!」
「んー?」

子供みたいな仕草で首を傾げた後、胸元に頬を擦り寄せた。すりすりすり、とシャツの感触を楽しんでいる。正しく言うならば、シャツの下にあるやわらかな膨らみの感触を。

「この、酔っ払い!」

顔を赤くしたジャーファルさんが、シン先輩の頭を両手で押し返そうとするが、力では敵わないらしく、余計強く抱き寄せられている。いいなァ。ぼんやり見ていると、不意に顔を引き剥がし、じっとジャーファルさんを見つめた。ジャーファルさんはすこし安堵した表情で、それでも言葉厳しく「はやく離してください」と訴える。

「おまえはかわいい」
「はいはい、あなたもかわいいですよ。だからいい加減離して」

適当に返事をし、今度は腰に巻きついた腕を引き剥がそうと画策していた。そちらに気を取られて、シン先輩が顔を近づけていることに気付いていない。

「そうか、俺もかわいいか」

にこにこと嬉しそうに笑い、そのまま頬に唇を押しつけた。驚いて何か言いかけたジャーファルさんの唇にも唇を押しつける。先輩は酔うとキス魔になるんだなァ、と感心したように思い、何をするでもなくぼんやりと見つめた。

深くなる口付けを見つめ、ジャーファルさんの唇はやわらかいのだろうか、なんてことを考える。ようやくのこと解放されたジャーファルさんの頬は赤い。罵倒なりしたいのだろうけど、唇をぱくぱくさせるばかりで何の言葉も吐き出されなかった。

俺の視線に気付いたのか、シン先輩が手招きする。のこのこと近づけば、首の後ろに手を回され、引き寄せられて俺の唇も塞がれた。厚みのある唇が押しつけられ、遠慮なく舌が入り込んで、口の中を探る。敏感なところを舌先で弄ばれ、頬が熱くなった。唇が離れた後、慌てて押さえる。シン先輩はご満悦そのものの顔で笑っていた。

「仲間はずれはさびしいだろう」

そんなことは一言も言っていない。ジャーファルさんは心底呆れた顔をして、頭を押さえた。

「……なんて質の悪い」

同意せざるを得ない。

「口付けぐらい大したことではないだろう?」

得意げに言い、またしてもジャーファルさんの唇を塞ごうとする。今度は、白い手のひらによって阻止された。

「いい加減にしてください」

握り拳が作られている。言葉での警告が無駄ならば、実力行使、という訳だ。正直な話、今の状態のシン先輩には無意味だ、と思う。にこにことした笑顔はさっきから変わっておらず、腰を抱き寄せていない方の腕が不穏な動きをしている。膝の辺りを撫で擦り、少しずつ上の方へ移動していた。もちろんそのことには気付いていて、身じろぎをして、手の動きを制する。

「この……っ」

限界を迎えたのか、握り拳を振り上げ、しかしその手はあっさりと封じられた。両手首を掴み、万歳の形にする。触る腕はなくなったが、身動きが取れなくなった。目の前にあるジャーファルさんの背中を見つめながら、いまなら触っても殴られないなァ、とふと気付く。後から怒られるだろうことは覚悟の上で、手を伸ばした。うなじの辺りから腰まで人差し指で撫で下ろす。背中が仰け反る。

「……ッ」

両手首を掴まれたまま、振り返り、何してるの、と怒った声が響く。

「大丈夫ですよォ。背中、さわるだけですから!」

安心させるように笑顔で言うと、睨まれた。かなり怖い。今度は両手のひらで脇腹で撫で擦る。

「くすぐったい……!」

無防備な脇から脇腹を、指一本でそろそろと撫でると、やめてってば!と怒られた。よほどくすぐったいのか、目が潤んでいる。おかげで先ほどより怖くない。意を決して、手をお腹の方へ回す。

「な、なに」
「先輩、俺、へそが見たいんです」

背を向けているから見ることは難しいが、触ることは出来る。へその辺りのボタンを探り、ひとつ外す。もうひとつ外そうか考えていると、

「この状態では、へそは見れんだろう」

ジャーファルさんの手首を解放したかと思えば、逃げる隙も与えず、体を反転させ、膝の上に坐らせた。右手は腰に回し、左手は手首を掴んでいる。あまりの早業に、目が合ったジャーファルさんも、俺も、きょとんとしていた。すごいなこの人、と感心しながら、視線を落とす。肌色が覗くわずかな隙間に指を引っかける。シン先輩の腕がちょっと邪魔だったけれど、へそを見るだけならば、なんの支障もない。白いお腹に、丸くへこんでいる部分がある。そろそろと指を伸ばし、まずはへその回りに輪を描く。へこんだ部分に指を押しつけ、軽くぐりぐりする。

「や、やめなさい!」

同時に左頬に衝撃が走った。目の前に星が回る。左手首はシン先輩に掴まれているけれど、右手は掴まれていなかった。

「さっきからなんなの。人が下手に出ていれば調子に乗って!」

全然下手ではなかったと思う。が、頬を張られたことで少し酔いが醒めた。改めて考えてみてもこれは強制セクハラだ。訴えられたら確実に負ける。

「す、すみません」

左頬を押さえながら謝れば、はぁ、と息を吐き出す。

「きみだけでも正気に戻ったんならいいよ。問題は」

ちらりと振り向く。振り向いた先にいるシン先輩はやっぱり笑顔で、シャルルカンがかわいそうだろう、と呑気に呟いている。

「シン先輩、しっかりしてくださいよォ。ジャーファル先輩、困ってます」
「困っているのか」
「ええ、困っています」
「それは、悪かったなぁ……」
「分かったんなら、離し、て……ッ!」

急に大きく目を見開いたジャーファルさんが、体をくの字に折り曲げた。

「ど、どうしたんですか」

床に額を押しつけたまま、首を振るう。耳が赤い。うなじまで真っ赤に染まっている。おろおろしていると、搾り出すような声で訴えた。

「……シャルルカン」
「は、はい!」
「この、バカ、……っ、張り倒して……!」
「へ?」

このバカと称されたシン先輩の顔はさきほどと変わらず、一体何が起こっているのか分からない。ジャーファルさんの方へ視線を移せば、体を丸めて、必死に声を殺しているようだった。よくよく見れば、腰に回していた腕が、スカートの中に潜り込んでいるような……。腕を引き剥がそうとするジャーファルさんの爪が喰い込んで、引っ掻き傷さえ作っているのに、やっぱり笑顔は変わらないままだ。

「……先輩、それは完全にアウトです」

幸せそうな顔して何してるんだこの人。どうにかして引き剥がさないといけないとはいえ、相手は尊敬する先輩だ。頬を引っぱたくのは抵抗がある。まずはスカートの中に潜り込んだ腕をどうにかするべきだろうと、手をかける。ぐっ、と力を込めて剥がそうとするが、全然動かない。腕力はさして変わらないと思っていたけれど、そうではなかったようだ。諦めず、腕を引っ張る。

「やっ、や、だめ……っ」
「え、でも」
「だめ……!」

首を振るい、必死に制止を求める。本当に何をしているんだろう、とシン先輩を見れば、笑顔は笑顔だったが、さきほどの笑顔とは違い、目を細めて、微笑んでいる風だった。……ちょっとうらやましい。ここまで酒癖が悪ければいっそ幸せだったのに、と羨む気持が出てきて、慌てて振り払う。抵抗がある、などと言っている場合ではない。ジャーファルさんの貞操を守るため、シン先輩が犯罪者になるのを防ぐため(もう遅い気はしたけど)、手を振り上げる。とはいえ、思いきりという訳にはいかないから、ペシッと音を立てる程度の強さで頬を何度か叩いた。

「もぉー、しっかりしてくださいってば!」
「しっかりしているが」

真顔で言い切った。しっかりしているならこんなことしないでしょうに……、呆れながら再度頬を叩く。痛覚が鈍っているのか、頬を叩いても反応が薄い。もう少し強く、と手を振り上げた時に、シン先輩が口を開いた。

「へそは見たのか」

唐突な質問に虚をつかれ、手が止まる。

「は、はい。見ましたし、触りました」
「良かったなぁ」
「ええ、まァ……」

見れたし、触れたし、それで満足といえば満足だけれど、その後すぐに頬を張られた衝撃で詳しい感触は思い出せない。

「……呑気に、会話、ッ、なんかして……!」

呻き声が聞こえて我に返る。そうだった。はやく助けないと。ジャーファルさんの肩はちいさく震えている。時々鼻を啜る音が聞こえて、泣いているんだと察せられた。噛み殺しきれなかった声が零れている。銀色の髪が絡む首はいつもと違い真っ赤で、見ていると居たたまれない。その癖、目を離すことが出来ない。やわらかそうなうぶ毛が目に入る。無意識のうちに、指を伸ばし、そろりと撫でた。

「っ、は、……ッあ」

大きく体が揺れる。好奇心が疼いて、抑えられなくなる。赤く染まったうなじに指を置いて、軽く爪先で皮膚を引っ掻く。髪の根元を撫でる。

「やめ……っ」

切羽詰まった声は、体の奥に火を点ける。顔を近づけ、うなじに唇を押しつけた。うっすらと汗が浮かぶ皮膚を舌先で突き、その後吸い上げる。

「もう、やだ……」

ほとんど泣き声で、胸に罪悪感が落ちてくる。落ちてきた罪悪感は背徳感にすり替わり、もっと意地悪なことをしてみたいという欲に変わった。唾液を塗り込めるように舌を這わせる。震えが伝わって、ぞくぞくした快感が体中を駆け巡る。

どんな顔をしているのか見たい。スカートの中に手を入れられ、肌を舐められて、泣いて制止を求めるとき、どんな表情をしているのか。

唇を離すと、安堵のためか、わずかに弛緩する。だが、肩に手をかけるとぎくりと体を強張らせた。意図を察したのだろう、嫌々をするように頭を振るうが、碌な抵抗も出来ず、上半身を抱き起こされる。

「あ……」

潤んだ目が向けられた。頬も鼻先も真っ赤で、唇は唾液で濡れている。震えが全身を走った。この顔を見たかった。怯えと、快感で震える顔を。口の端に唾液が零れているのを見て取り、唇に笑みが浮かぶ。手を伸ばし、唾液を拭い取る。

「……先輩」

顔を反らそうとするのを阻止するように、頬に手を沿え、こちらへ向かせる。震える唇が、見ないで、と訴えた。願いを聞き届けようにも、自分の意志では反らせない。そのくらい羞恥に赤らんだ表情は魅惑的だった。

赤く熟れた唇が誘う。噛みつくように唇を合わせる。ジャーファルさんの唇はやわらかかった。貪るように口付けをすれば、僅かな隙間を縫って、吐息が零れる。舌を挿し入れ、縮こまっている舌を絡めとる。唾液を流し込み、同時に舌先で唾液を掬い取り、交換する。唇を離せば、空気を取り込むように肩で息をした。

「お願い、もう」

新しい涙が頬を流れて、胸が締めつけられる。やめようと思う。いまだってもう十分に傷つけているし、これからもいままでのように、なんて無理だ。でも、いまならギリギリで後戻り出来る。そう分かっているのに、体中に欲望が渦巻いていて苦しい。これ以上のことをされたら、どんな表情になるのか知りたい。

その思いを振り切るように、テーブルの上に置いてあった飲みかけの缶を手に取り、一気に煽った。ぬるくなって、炭酸が抜けた液体が胃の中に落ちる。ジャーファルさんが目を見開き、

「バカじゃないの……!」

と、言った。ですよねェ、と笑ってみせる。ジャーファルさんえろいで頭の中が占められていて、さっきまで飲んでいたのが酒であるということをすっかり忘れていた。わざとじゃない。本当にわざとじゃない。真面目な顔で、ジャーファルさんに向き直ると、びくっと肩が揺れた。

「もう一回、ちゅー」

再度、唇を塞ぎ、舌を弄ぶ。生暖かくてやわらかい舌は生き物のようだ。逃げようとする舌を追いかけて、吸い上げる。いつまでもこうしていたい。唇の合間から水音が聞こえて、欲を煽る。押しのけるように肩に手を置かれた。掴まれていない右手で必死に押しやる。

「……ッ、ぁああ!」

肩に爪が喰い込み、痛みに眉を寄せた。シン先輩の指が更に奥へ滑り込んだのだろう。

「やめてって、言って、るのに……!」
「……どちらに言ってる」

シン先輩が耳元で囁く。低く、甘やかすような、それでいて命令するような強さを含んだ声で。こちらまでぞくぞくする声だった。ジャーファルさんは、耳元で囁かれる声から逃げるように身を捩り、「ふたりとも、です……っ」と言葉を搾り出す。

「そうか」

シン先輩はあっさりと腕を引き、近くに置いてあったティッシュの箱に手を伸ばす。指先には粘液が纏わりついて、光ってみえた。指を引き抜かれて心底安堵したのだろう、力が抜けた体をシン先輩に預け切っている。さっきまで肩に置かれていた腕も力なく項垂れている。同じ姿勢でいることがきつかったのか、おそるおそる足を崩した。深く息を吐き出す。

胸が締め付けられる。かわいそうに思ってのことじゃない。目の前で、他の男に寄り添っている姿に胸が痛み出したのだった。先輩になら、なんて思っていた筈なのに、実際目の当たりにすると苦しかった。

「……手、はなしてください」

ジャーファルさんがぽつりと呟く。シン先輩は「……ん」と答えただけで、手首を離す気配はない。

「おまえはかわいい」

そう言い、首に唇を押しつける。同時に手を伸ばし、ネクタイを緩めた。油断しきっていたためか、逃げ出すことも出来ず、引き抜かれたネクタイであっという間に後ろ手で縛られる。それはこれから起こるだろうことを示すには十分だった。みるみるうちに顔が青ざめ、体を固くする。ひとつひとつシャツのボタンが外されていく。

「やだ、やだ、もう嫌っ!いい加減にして!どうしてこんなことするの!きみも、見てないで止めて!」

睨みつけられて、体が跳ねる。慌てて、ボタンを外すシン先輩の両手に手を重ね合わせた。シン先輩の手は大きくて触れられると気持良さそうだった。

「えーっと、その」

何を言えばいいのかわからない。目の前にさらけ出されたジャーファルさんの白いお腹と、幸せそうに微笑むシン先輩の顔を見比べ、頭の中がぐるぐるする。さっき飲んだ酒のせいもある。必死に探って出て来た言葉は、

「先輩って、好きな人いるんですか」
「はあ?!」

あまりにも場違いな質問だった。困惑も露に、まじまじと俺の顔を見つめる。

「俺も、知りたい」

シン先輩の手は止まっている。

「……言いたくありません」

素っ気なく吐き出された言葉に、シン先輩の手が動き始める。俺の手は上に乗っかっているだけなので、大した制止力はなかった。

「い、いません!好きな、人なんてっ」

もぞもぞと動き始めた手に慌てて答える。手が止まる。

「本当に?」

表情から言葉の真偽を確かめようと顔を覗き込むと、視線から逃げるように顔を反らした。

「……いたと、しても、きみたちじゃ、ない」
「誰ですか」

好きな人、と更に顔を近づけた。ジャーファルさんはそっぽを向いたまま、拗ねたように答える。

「関係ない、でしょう」
「あります」
「……どうして?」

言葉に詰まって、黙り込む。黒めがちな瞳がまっすぐに見つめてくるのが気まずくて、視線を落とす。視線の先には白いお腹があった。


  
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -