スライム編


さて、一体どの通路が正しいのか三手に別れて探索している時のことだった。
深追いはしないこと。一定時間過ぎたら戻ること。なにか見つけた場合は目印をし、合流してから向かうこと。迷宮の中ではぐれてしまうことは命にも関わる。ゆっくりと慎重に、周りに気を配りながら足を進める。めぼしいものや怪しいものはない。おそらく外れだろうと踵を返した時、頭巾の上になにか落ちてきた。さして重くはない。迷宮に住まうモンスターだろう。頭の上に落ちたモンスターと思わしき小動物は動く気配がない。害のあるものかないものか、判断尽きかねて、体が強張る。しかし、いつまでもこうしている訳にもいかないとそろそろ手を伸ばして触れれば、ぷるんっとした弾力とひんやりした感触が指先に触れた。ああこれはおそらくアレだ、と刺激を与えないように両手で掴む。水色で半透明のゼリー状の体が両手のひらの上でふるふると揺れる。大きくはない。子供だろうか。害のない種らしく、ただ震えているだけだ。安堵の息ひとつ、地に降ろそうとした瞬間、何を思ったものか腕を上り、服の中に滑り込んできた。

いきなりのことで反応が遅れた。スライムは腕から胸に移動している。慌てて前を寛げ、手を突っ込む。掴んだと思えばやわらかいゼリー状の体は指先からすり抜け、また別のところへ逃げようと肌を這う。胸元から脇腹を通り、背中の方へ。肌に残る嫌な感触に、思わず眉が寄る。

「ああっ、もう!」

いっそ脱いでしまえばいいのか、と帯を緩めた瞬間、腰を這う感触に、嫌な予感がして硬直する。体の表面に粘液を帯びたそれは、いま太腿の内側を這っていた。足の間にひやりと触れる物がある。いやそんなことある訳が、と起ころうとしていることを必死に否定するが、無駄な努力だ。ゆるゆると進む先を確かめるように這うスライムは、裂目を見つけ、その中に潜り込もうとする。

「やっ、だめ、だめ……!」

かーっ、と頬が熱くなる。誰も触れたことのない部分を、ぶよぶよとした体がどこから侵入すればよいのか探るように撫でた。その場にへたり込み、動きを止めようと服の上から押さえ込む。上から押さえつけられ驚いたのか、侵入の速度が早まった。狭い場所を速やかに進むためだろう、ぬめりを帯びた液体を新しく分泌しながら確実に中に押し入ってくる。分泌された生温い液体が太腿を伝う。

いや、いや、と首を振るい、必死に身を捩り、下腹部に力を込めるが追い出すことは難しい。既に半分ほど収まったのが嫌でも分かる。ひんやりとしていた体は体温に暖められたのか、冷たさを感じなくなっていた。目の前が涙でぼやける。震える腕を腰布の中に差し込み、それを掴み出そうとするが、さきほどと同じように指先からすり抜け捕まえることは出来ない。

引き出そうとすればその分速度を速めるスライムは、とうとう完全に体内に収まってしまった。頭の中が真っ白になる。どうやって取り出せばいいのだろう。下腹部に力を込め、排出しようとするが中で震えるばかりだ。ずっとこのままだったらどうしよう。もし、更に奥に進もうとしたら。腹の中でおおきくなっていったら。力も弱く害がないといってもモンスターだ。中を喰い千切られでもしたら。嫌な想像ばかりが頭の中を巡る。

ぼろぼろと涙が零れては落ちる。どうすればいいのか分からない。立ち上がることも出来ない。指で掻き出せばいいのだろうか。おそるおそる指を伸ばし、触れてみる。粘液でどろどろしていた。指を差し入れることが怖い。それでも体内にモンスターが入り込んだという状況よりは怖くないと、息を詰め、指を押し進める。肉の感触ではない、ふるふるとしたものに触れた。指先で突かれたそれは、体を震わせ、更に奥へ逃げようと悶える。

「……っ、あ、ああ!」

やわらかいものが肉の壁を擦る。体が震えた。涙腺が膨れ上がり、涙が零れる。どうすることも出来ず、その場に泣き崩れた。

この通路を進めば宝物庫へ辿り着くだろうと目星を付け、元の場所へ戻る。しばらくすれば、こちらは違うという風に首を振るう部下の姿が見え、さてあとはもうひとりの帰還を待つばかりだ。しかし、いつまで経っても帰って来ない。この中では一番慎重なジャーファルが帰ってこないとなると不安になる。なにかあったのだろう。ここで待っていろとマスルールに告げ、ジャーファルが進んでいった通路を目指す。大分進んだ辺りですすり泣く声が薄暗い洞窟の中に反響して聞こえた。

「どうした」
「……シン」

縋るように顔を上げたジャーファルの姿を認め、目を見開く。泣きじゃくったのか目も頬も鼻先も真っ赤だ。散々泣いた後と見えるのに、涙がまだ零れている。

「どうした」

へたり込み、体を震わせているジャーファルに再度問い掛けるが、ふるふると首を振るうばかりで答えようとしない。

「何があった」

ぼろぼろと涙が零れる。

「……お前、なんで服が乱れてるんだ」

今度は怪訝そうに問いかけるが、やはり答えはない。ここは迷宮内だ。誰かに乱暴されたという訳ではないだろう。虫かなにか服の中に潜り込んで格闘でもしたのか、と思い浮かぶ理由で一応の納得をし、とにかく元の場所に戻ろうと、立ち上げれずにいるらしい体を引っ張り上げる。

「や、うご……、っ」

ぎゅうっと服を掴み、しがみついてくる。呼吸が荒い。熱のこもった息が首筋に吐き出され、背筋がぞわりと蠢く。何を考えているんだ、と慌てて邪念を振り払い、膝裏に腕を差し込み抱え上げた。抱え上げる振動にすら息を詰める。余程、具合が悪いのか。

「少し休憩しよう。脇にそれたところに丁度良い場所がある。先に行って寝床の準備をしていてくれ」

大人しく待っていたマスルールにそう伝えれば、無口な部下は心配そうに抱え上げられた体を見遣った後、はい、と頷き足早に駆けてゆく。

「……すみません、私の、せい、で」

荒い呼吸の合間を縫って囁かれた、精一杯の言葉に苦笑が零れる。

「なに、俺も少し休みたかったところだ」

マスルールが準備した厚みのある敷布に体を横たえる。さきほどよりは幾分落ち着きを取り戻したようだ。それでもまだ目は潤み、頬は上気している。額に手のひらを押しつければ、熱があるように思えた。なにか悪い虫にでも噛まれたのではないか。

「何があった」

しばらく口を開けたり閉じたりと逡巡していたが、やがて意を決したように、声を発した。

「中、に……あの、入って」

ただでさえ赤かった頬が更に赤くなる。

「なか?」
「……私の」
「お前の中、に。何が入った」
「スライム、が」

その後、途切れ途切れであったが何が起こったのか説明する。説明を聞き終わった後、下腹部のあたりに視線を置けば、なるほどかすかにではあるが僅かに膨らんでいる。なだらかに膨らむ部分を撫でてみると、中で動くのか、慌てて手を押さえられた。

「どうすれば……」

精神的に弱っているのか、普段では見られないほど涙がぽろぽろと零れ落ちる。落ち着かせるように頭を撫でるが、ちっとも止まることはない。一体、どうすればいいのか、俺にも分かる筈がなく、しかし放っておいたところで解決するとも思えない。

「少し席を外していてくれないか」

背後に控えていたマスルールに伝え、灯りを落とす。薄暗くなる空間の中で、不安げに見つめてくる瞳に安心させるように笑みを返し、両腕を首に回させ、抱き寄せた。それから目を閉じる。

「……触れるぞ」

硬直するのが分かったが、抵抗はなかった。深く息を吐き出したあと、足の間に手を差し入れる。おそるおそる指を滑らせる。なるべく肌に触れないように太腿をなぞり、秘所を目指した。

「……っ」

ぎゅうっと抱きつき、必死に堪えている。そろそろと触れた部分はひどく熱い。スライムの粘液だろうか、ぬるりとした液体が指先に纏わりつく。指を押し進めようとするが、太腿に挟まれて、動きが取り辛い。

「力を、抜け」

背中を撫で、そう囁くが、出来ないと首を振る。一度、手を引き抜き、足を割り開く。その間に自分の足を入れ、出来た隙間に手を戻す。足を太腿で思いきり挟まれ、多少痛いぐらいだが仕方ない。肉の裂目を撫で、中に通じる部分を探る。

「や、やっ、……っ、ああ……!」

吐息が頬に掛かる。思いきり頭を抱きかかえられる。熱を含んだ呼吸と、合間に零れる声、密着する体に頭がぐらぐらし始めた。呼吸を一定にするように吸い、吐き出し、理性を留める。

耳にかかる吐息から意識を引き剥がし、指先に集中させた。拒絶するように締め付ける肉の壁を宥めるように擦り、ゆっくりと進める。なるべく刺激を与えぬように奥へ、と思うが狭い道では難しいことだった。格闘の末、半分ほどは進められた。更に奥を目指せば、

「いや、いやっ、おねがいです、もう……っ」

耳元でしゃりくあげる声が響く。普段では到底聞くことの出来ない声だ。

「やだ、ぁ、……っ、シン、シン……!」

お願いだからやめてください、と切羽詰まった言葉が吐き出される。これでは俺が無理矢理襲っているようだ。だが、引き抜く訳にもいかず、とりあえず指を進めるのを止める。止めてみれば、蕩けるような粘液と肉が指先に絡みついてくるのを否応無しに認識させられた。

「……抜い、て」

蚊の鳴くような声が懇願する。だが、と乾いた口を開く。

「このままでは、その、困るだろう」

中にモンスターがいる状況などそう長時間も堪え切れるものではない。状況を思い出したのか、はい、と力ない答えが返ってきた。それを一応の了承として、動きを再開する。しかし、引きつるような喘ぎと、縋るように抱きついてくる腕の誘惑は大きい。中のスライムを確認し、可能ならば引きずり出す、という目的を忘れ、好きなように弄り回したくなる。もっと声を聞き、もっと身を捩らせたい。

やましい気持を振り払い、更に押し進めると指先を留めるものがあった。ふるふると震え、壁のように鎮座している。指を増やし、やわらかいそれを指先で挟もうとするが難しい。摘んだ先から滑り抜け、しかし同じ場所に存在している。もう少しなんだが、と躍起になって指を押し進めた。

「っ、や、おねがい、もう、ゆるして……!」

耳元で悲鳴に近い懇願の声が吐き出され、我に返る。二本の指はすっかり飲み込まれ、肉の壁が押し戻そうと蠢く。同時に逃がすまいと締め付けているのも感じる。

「悪い」

慌てて引き抜くと体液が糸を引くのが分かった。指からは解放され、安心したのか、腕が離れた。体が弛緩するのを受け止め、そのまま横たえる。ちらりと覗き見た太腿が痙攣していた。もしかしたら軽く達したのかもしれない。指で刺激され、中ではスライムが指から逃げようと蠢いているようだったから仕方ないことだろう。

「すみません……、わたしの、ためなのに」

掠れた声でそんなことを言う。気にするな、と髪を撫でれば、安堵したように頬を緩めた。だが、すぐに何かに堪えるように唇を噛み締め、目を閉じる。指はいまだ服を握り締めたまま離そうとしない。

痛ましさを覚えながらもどうすることも出来ず、眉を寄せた。濡れた自分の指を布で拭き、それから太腿を拭いてやる。それさえ刺激になるのか、肌が揺れた。

「あなたに、そんなこと……」
「気にするな」

いまは自分のことだろう、と呆れ混じり言ってやれば、薄らと目を開いた。

「私を」
「置いていけなどと言ったら、今度は泣いて許しを乞うてもやめてやらんぞ」

口を噤み、なにか言いたげに見つめてくるが、知らん振りをする。泣いて許しを乞う声を無視して中を責め立てるのはさぞや楽しいものだろうが、と思い、首を振るう。目的がすり替わっている。

「仕方ない。先に迷宮攻略を終わらせるぞ。いいな?」
「……はい」

控えていたマスルールを呼び、抱きかかえるように指示を出す。なるべく振動を与えぬように、と付け加えれば、普段通りの顔で頷いた。荷物を纏め、背に掛ける。背後で、ごめんね、と気弱な声が響く。

「大丈夫っすか」

調子は変わらないが、心配そうな色が混じっている。これから大変なのはお前の方かもしれないが、とは言わずに黙っておく。意識の外に追い出そうと努めても耳に入り込んでくる、唇から零れる甘ったるい声は理性を削り取るには充分すぎる。

実際、進むごとに無表情な部下には眉間の皺が刻まれた。階段を上る時など大変で、一歩進むごとに声が零れる。おそらく中で動くのだろう。声を上げぬようにと頑張ってはいるらしいが、そのせいで眉を寄せた悩ましい表情になっていることに気付いていない。頬はいまだ赤く、吐き出す息も熱いだろう。時折、大きく動き回るらしくその度にしがみつき、ごめんね、と涙声で繰り返す。あれはもう拷問だろう……と観察している場合ではない。俺は俺で、実質ひとりで戦わねばならず、ひどく苦労させられた。

ようやくのこと宝物庫の前に辿り着き、安堵の息を吐き出す。随分と意地の悪いジンで戦闘力を削るためにジャーファルをあんな目に合わせたのではないかと何度か疑いたくもなった。さすがにそれはないだろう。ため息混じり扉を開く。そうであったならば解決するのは簡単ではあるが、そんな性格のジンと上手く付き合う自信がない。喜ばしいことに、ジンの意図した事柄ではなく、しかし迷宮内のモンスターはジンの命を聞くという有り難い情報に胸を撫で下ろした。

足の間から、水音を立てて安全な地帯から落ちたスライムは逃げるように壁の隙間へと消えていった。本人はといえば、安堵のあまりそのまま気を失ってしまった。よく堪えたと思う。マスルールと交代し、抱きかかえ、気の抜け切った顔で目を閉じているジャーファルの頬を軽く突く。しばらくはからかいの種に困らない。


:迷宮攻略に行くたびえろい目に合うジャーファルおねえさんをみたい。

  
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