問いかけられ、シンドバッド、マスルール、シャルルカンの顔を順番に見つめ、またシンドバッドへと視線を戻したジャーファルは、自分を落ち着かせるように静かに息を吐き出した。口に出す言葉は慎重に選ばなければならない。

「歳は、同じくらいが好ましいです」
「何故だ。年上は嫌いか」
「年上なのに頼りがいがないと苛々してしまいますから」
「頼りがいのある年上だっているだろう」
「そういう殿方は既に妻子をお持ちです」
「じゃあ、年下はなんでダメなんですか、ジャーファルさん」
「甘やかしちゃうでしょう?異性としては見れない」
「……甘やかされない年下ってジャーファルさんにとって何……」
「どちらにしろ子供扱いだよ、私」

確かにそうだ、と悲しいことに納得して引き下がる。

「顔立ちは人並みが好ましい。見た目の釣り合いが取れます。ねえシン、あなたより精悍で見惚れるほどに素晴らしい顔立ちの人はいないと昔言った私の言葉を覚えていますか」
「ああ、覚えている」

幼いジャーファルが一生懸命な顔で、真剣な目で伝えた言葉だった。シンドバッドには、その時のジャーファルの真剣な顔や、声音、言葉を思い出して、嬉しさを思い出す夜が何度かあった。あんなにも嬉しかった言葉が今はあまり嬉しくない。

「今もそう思っていますよ、シン。ですから、ひとりの女として隣りに立つにはあまりにも恐れ多い」
「大事なのは互いの気持だろう?」
「ではシンは、私が居心地の悪い思いを堪えてあなたの隣りにいればいいとそうおっしゃるのですか?ただの部下として隣りに立つ時はとても居心地良く、誇らしい気持でいられるのに」

悲しげな目で言われては何も言い返せない。シンドバッドが唇を噛み締めるのを確認してから、マスルールへと向き直る。シンドバッドへの言葉を聞いていたマスルールは、粉砕する覚悟を決め、無言のままジャーファルを見つめた。

「マスルール」
「……はい」
「大丈夫だよ。私、恋愛する気なんかまったくないから」

安堵させるかのように、にっこりと笑って言った。言葉の意味が理解できず、マスルールは硬直する。何が、大丈夫なんだろう。恋愛する気がない、それのどこが大丈夫なんだろう。混乱のまま見つめる。ジャーファルは変わらずにこにこと笑って、マスルールを見上げていた。

「私が、構ってくれないと寂しい?」

何故か嬉しそうな顔をして、問いかけてきた。

「……まあ」

確かに構ってもらえない時は寂しい。例えば、宴の席で、ジャーファルがシンドバッドの世話をしている時。仕方ないと思っていても、寂しく感じる。シャルルカンに対して怒りを露にしている時は、胸の辺りがモヤァッとして落ち着かなくなる。だが、それが関係あるのだろうか、この状況で。
ジャーファルの笑顔は変わらない。慈しみが溢れている。顔には、マスルールは可愛い、と書いてある。その笑顔を見つめることしばし、唐突に理解した。

ジャーファルが結婚するもしくは恋人ができる、マスルールに構う時間が少なくなる、マスルールはそれが嫌で結婚しよう、子供を産んでくださいと言い出した、つまりはこっちを振り向いて欲しい子供の行動、ジャーファルの頭の中ではそれで片付いてしまったようだ。

理解して絶望する。粉砕した方がマシだった。ジャーファルの中に、マスルールと恋愛するという考えがまったく一切かけらもないのだと笑顔で突きつけられたのだ。シンドバッドとシャルルカンが憐れみの目で見つめてくるのも、心の傷に塩を塗り込んだ。残された道はただひとつ。可愛がられていることにつけ込んで既成事実を作るしかない。
マスルールがそんなことを考えているとは露程も思わないジャーファルは、次に座り込んだままのシャルルカンの前に膝をついた。

「……きみは、なんで?」
「何がなんでなんですか」
「マスルールは寂しかったからでしょう?シンは、まあ、女好きだし。ここまで節操ないとは思わなかったけれど」
「…………ちょっと、理解ができない、んですけど」

シンドバッドも同じ気持だった。節操があるとは言わないけれど、結婚しようなんて言い出すのはお前だけだぞ?と。大体、丁寧に回りくどく好意を撥ね除けた癖して、俺の気持を軽く見てやがる。もしかしたら、本気ではないとすら思っているかもしれない。いや、絶対にそう思っている。湧き上がってきた腹立ちのまま、シンドバッドが言葉を投げつけた。

「お前の頭の中を覗いて、きちんと恋愛回路が備わっているか見たい」
「なんですか、いきなり」

驚いて振り返ったジャーファルの眉間には、不快そうな皺が作られた。

「人の気持がまったくわからないとはあまりにも哀れだな、ジャーファル。そのようなことでは、部下もさぞや苦労があるだろう。もちろん王や後輩もだ」
「……言いたいことがあるならはっきりとおっしゃってください」

立ち上がり、向き直ったジャーファルの眉間の皺が更に深くなる。

「では、言ってやろう。ジャーファル、シャルルカンに問うたな。なんで、と」
「ええ、そう尋ねました」
「俺にはわかるぞ。何故、シャルルカンがあんな言動をしたのか」
「あの、王サマ、なにを……」
「お前は黙っていろ、シャルルカン。こいつはひどい鈍感だから言ってやらないとわからないのだ」
「そこまで言うのなら教えていただきましょう。……シャルルカン」
「は、はい」
「シンが言った言葉が本当かどうか、きちんと答えてくれるね?」
「……それは、その」
「答えてくれるよね」

細められた目が射抜くようにして見下ろしてくる。圧力に負け、シャルルカンは力なく頷いた。そのまま項垂れる。耳を塞いで何も聞こえない振りをしたい。願いは虚しく、シンドバッドの声が部屋中に響いた。

「シャルルカンはお前のことを好いているのだ」
「嫌われているとは思ってませんが?」
「そういう意味ではなく、女としてお前のことが大好きなんだ。口づけだってしたいし、抱き締めたい。その白く細い体をまさぐり、どろどろになるまで溶け合いたいとそういう劣情を抱き、そういう目でお前を見ている。だから、妊娠したら自分の子だと思いたいし、お前と子を作りたい。そうだろう、シャルルカン」

やっぱり耳を塞いで聞こえない振りをするべきだった、とシャルルカンは思った。それ王サマも思ってることでしょ!そう叫びたかったのに、声が出なかった。こちらを振り向いたジャーファルの黒いまんまるな目が見開かれ、二三度瞬きを繰り返した後、首を傾げる。一度シンドバッドの方を見遣り、またシャルルカンに視線を戻す。その目が問いかけるのは「本当?」という言葉だ。

頬が燃えるように熱かった。涙で視界が滲む。恥ずかしさと居たたまれなさと、何故か得意げに胸を張るシンドバッドへ対する恨みとが混ざり合って体を硬直させる。必死で思考を働かせ、言い訳をしようと思うのに、言葉が浮かばない。
頬を紅潮させ、視線を合わせようとしないシャルルカンの態度は、シンドバッドの言葉を裏付けるに十分だった。十分すぎた。ジャーファルは異性から性的な目で見られることに慣れていない。初体験の相手は、酔っぱらったシンドバッドで、下品な物言いをすると、酔っぱらっていたし突っ込める穴があればそれで良かったんだろう、で片付けていた。つまりジャーファルでなくとも良かった、と。

だが、シャルルカンは違う。他の誰でもない、ジャーファルと、感情の伴った性交を望んでいる。そう理解した。真実を言えば、初体験の時だって、シンドバッドはジャーファルがいいと手を伸ばした訳だが、ここで大事なのはジャーファルの認識だ。生まれて初めて、自分が性欲の対象であると突きつけられ、狼狽えた。白い頬が一瞬で赤くなり、落ち着きがなくなった。視線は足元に固定され、居心地悪そうに立ちすくんでいる。

自分の感情でいっぱいいっぱいだったシャルルカンだが、困った顔で立ちすくむジャーファルの姿がなんとも頼りなくて、勇気を振り絞り、口を開いた。

「俺……」

反応は素早かった。弾かれたように顔を上げたジャーファルは体を跳ねさせ、更に不安げな表情を作った。

「あの、別に、そういうことばっかりじゃなくて、だから」

そんなに警戒しなくたって、とじわりと涙が滲みそうになる。ジャーファルの後ろに立っているシンドバッドはなにやら真剣な顔をしている。まさかここまでとは思わなかった、そんな顔をしていた。唇が動き「わるい」と形作る。
どうせ暴露するなら自分の気持にすればいいのに!思いながらも、いまはジャーファルが優先だ。

「だから、今までみたいに接してくれたら、それでいいです」
「無理」

間髪入れずに返ってきた答えに、目を瞬かせる。

「無理です」

ぶんぶんと首を振るい、一歩後ろに下がったジャーファルの体が、シンドバッドにぶつかった。不安げな目がシンドバッドを見上げる。

「…………あなたも?」

怯えた目で見つめられるのは初めてのことで、意地悪しちゃおうかなーとの気持が浮かんだが揉み消した。

「いや、俺は楽しそうなことには便乗する質だ。それだけの理由だよ、ジャーファル」

ジャーファルの体から力が抜け、安堵の表情を見せる。

「はあ?!」
「なんだ、なんか文句でもあるのか、シャルルカン」
「や、だって、王サマだって」
「俺はな、ジャーファルから色恋沙汰の話を一切聞かないものだから以前から心配だったんだ。それで、この機会にと一芝居打ったんだ」
「そう、なんですか?」

疑問符を付ける割に、ジャーファルの顔に疑問は浮かんでいない。シンが言うならそうなんだ、と半分以上納得している顔だ。

「おかしいでしょ!だったらなんであんなに真剣に俺の子供だとか言うんですか!」
「どんなことになるのか興味を惹かれたものだからつい悪のりしてしまっただけのことだ。それに、追い詰めれば好いた男の名前でも出すんじゃないかと思ってな」
「ああ、すげェしれっとした顔してる!」
「だが、余計なことだった。すまない、ジャーファル」
「気に為さらないでください。ただ、私は色恋沙汰に時間を費やすより、国やあなたのために働く方が好きなのです」
「わかってるよ、ジャーファル。お前はそういう奴だ。だがな、もし好いた男ができたら相談なりなんなりして欲しい。国のため、俺のためと働いてくれるお前の力になりたいからな」
「……はい」

嬉しそうに笑うジャーファルは落ち着きを取り戻したようだった。

「いまは不要か?」
「好いた方などいませんから」

ちらり、とシンドバッドがシャルルカンへと視線を向ける。土砂降りの中に捨てられた小動物さながらの様子に胸を痛め、今度とっておきの酒を出してやるから、そう心の中で語りかけながら口を開く。

「好かれて、どう対処すればいいかわからない時もだ」

ジャーファルの目がシャルルカンへと向けられ、すぐに戻された。

「……はい」

先ほどまでの混乱は見受けられないが、頬は赤く染まった。他の男のことで頬を染めるのは気に食わないが、と思いながら、努めて笑顔を見せる。幼い頃にしていたように頭を撫でた。幼い頃と違うのは、髪の感触ではなく布の感触があることだ。

「俺の部屋ならば他の誰にも聞かれないからな。安心して相談できるぞ」

頭を撫でる手に子供の頃を思い出したのか、はにかむようにして笑ったジャーファルは、こくんと頷く。ジャーファルの頭を撫でるシンドバッドのさわやかな笑顔に下心は感じ取れない。声音も、部下を気遣う主の、心からの好意としか受け取れない響きをしていた。

違うと理解しているのは、シャルルカンとマスルールだけだ。ふたりきりの部屋で恋愛相談しつつ、少しずつじわじわと距離を縮めていこうとそういう、そういう訳ですか。普段の状態ならば距離を縮めるのは難しくとも、初めて異性に好かれたと混乱しているところにつけ込もうとそういうことですよね。そう叫びたかった。叫んだところで上手く言いくるめられるのは目に見えていたので、唇を噛み締める。実際口に出していたら「恋する男は皆あんなものだ。惚れた女が他の男と一緒にいれば嫉妬だってする。嫉妬でおかしなことを言い出すのも仕方ないんだ。わかってやれ、恋とはそういうものだ」と優しくジャーファルに語り、ジャーファルは、そういうものなんだ、と素直に頷いていただろう。シンドバッドの一番の武器は築き上げてきた信頼だった。もっとも壁として立ち塞がるのも同じものだったが。

ともかく、この状況で何を言っても無駄だと悟ったシャルルカンは立ち上がり、「ジャーファルさんのバカ!」そう言い捨てて部屋から走り去ってしまった。

「……いまのはどういう意味が?」
「んー、そうだなあ。ただのやきもちだろう」
「シンと話していたからですか」
「そんなところだ」
「王と部下が話していただけで嫉妬するものなんですか?」

一瞬、シンドバッドの頬が引きつりかけたが、幸いにもジャーファルは気づかなかった。

「その辺りのこともいずれじっくり教えてやろう」
「……俺も、教えてもらっていいですか」
「こういうのは他人がいると話しにくいものだろう。なあ、ジャーファル」
「私はかまいませんよ。ふふっ、マスルールもお年頃だもんねえ」

よろしくお願いしますね、と信頼し切った笑顔で言われては、さすがのシンドバッドも大人しく頷くしかない。

「今晩はいろんなことがあってなんだか疲れました。もう寝ます」
「そうだな。俺も帰ることにしよう。おやすみ、ジャーファル。良い夢を」
「おやすみなさい、シン。良い夢を」
「マスルール、帰るぞ。今日はちゃんと自分の部屋で寝ろよ。ジャーファルが困る」

朝議の席にマスルールがいない、部屋を見てもいない、と探しまわるジャーファルの姿は見慣れたものだ。

「……一緒に寝たいんすけど」
「いやいやいやいやいや何を言ってる。さすがにそれは」
「いいよ。狭くないかなあ」
「ジャーファル!」
「はい、なんですか」
「駄目です。王様は許しません」
「マスルールと一緒に眠るのにあなたの許可が?大体、昔はほとんど一緒に」
「昔は昔だろう!今と昔は違う!」
「何が違うんです。マスルールはマスルールで、私も私です」
「もう子供じゃない」

その言葉にジャーファルは眉を顰める。目には、どこか悲しげな色が浮かんだ。

「それはつまり、マスルールも、私をそういう対象としてると?」

シャルルカンであの有様だったことを思い出し、シンドバッドは言葉を飲み込む。可愛いと甘やかしている後輩が自分を性的欲望の対象としていると知った時のジャーファルの混乱がとびきり大きいのは想像に難くない。混乱し、縋り付かれるのならば、それはそれで望むところではあるのだが、数少ない拠り所を失わせるのは胸が痛む。

「いや、そういうことではなく。侍女や部下に見られては余計な疑念を生むだろう」

そう告げれば、ああ、と眉間の皺を解いた。

「そうですね。私たちにはわかっていても、他人からはわからないことってありますからね。ごめんね、マスルール」
「いえ、わがまま言ってすみません」
「ううん。きみからのわがままなら嬉しいよ」

今度は別のわがまま言ってね、と笑うジャーファルは嬉しそうだ。その様子にシンドバッドは息を吐き出す。薄らとそうなのではないかと思ってたが、ジャーファルは、マスルールと性的な欲望、劣情、そういうものとを結びつけて考えられないらしかった。性欲とは無縁の存在とすら思っている可能性すら考えられた。一般的に見てマスルールは十分に立派な男で、本人も年相応に欲望を抱き、また発散している。ジャーファルだけがわからない。マスルールの前に立ち塞がる壁はそれだった。

「……まったく手強い」

ぽつり、呟くと、マスルールが視線を向けた。苦笑を返し、肩を竦めてみせる。

「おやすみ」
「はい」
「そういえばジャーファル。体は大丈夫なのか?」
「……妊娠なんかしてませんよ」
「違う違う。昼間、吐いていたと」
「それは……」

問いかけられ、ジャーファルが言いにくそうに口を開く。

「……その、朝方食べた果物が傷んでいたようで……」

昨晩あまり寝てなくて、ぼんやりしたまま朝食はこれでいいかと数日前から机に置いていた果物を食べたんですが、とシンドバッドの方へちらちらと視線を送りながら説明をした。

「ジャーファル」
「……はい」
「お前はどうして自分のことになるとそうズボラなんだ!前も同じことをしたろう!」
「申し訳ございません!……今後はこのようなことがないよう気を付けます」
「また同じ言葉を聞くことにならなければ良いのだがな」
「…………はい」

縮こまるジャーファルの姿に苦笑が零れる。小言は明日だな、と軽く頭を叩く。言い返す言葉のないジャーファルは、大人しくシンドバッドの言葉に頷き、しおらしかった。

「あれが人を好きになるとは思えん」

マスルールと連れ立って、夜の廊下を歩きながらシンドバッドが呟く。怒られてしょんぼりとした様子のジャーファルを思い返し、笑みを浮かべた。ジャーファルは、自分自身のことになるとひどく杜撰になる。身成は気にしないし、私服などほとんど持っていない。着飾ることも頭にない。ジャーファルが誰かを好きになり、その男のために着飾る様子など想像もできなかった。俺のためにそうして欲しい、と願ったこともあるが叶えられたことは一度もない。

「でも、誰かを好きになります」

マスルールはきっぱりとした口調で言った。

「随分とはっきり言い切るなあ」
「諦めないんで」
「つまりはお前を好きになると」
「諦めなければ」
「そうか」

マスルールがジャーファルに恋煩っている年月も長い。幼い頃からずっとだ。マスルールの気持に、誰よりも早く気づいたのはシンドバッドだった。もしかすると本人より早く。

マスルールの視線の先にはいつもジャーファルがいて、ジャーファルは時折、視線に気づいては笑って手を振った。マスルールはといえば、笑って手を振るジャーファルの姿を目蓋に焼き付けようとするかのように真剣に見つめ、ジャーファルが視線を外すと微かに寂しげな顔を見せた。あんなにもわかりやすい視線はないだろうに、ジャーファルは一度もその視線に、信頼以外のものを見つけようとはしなかった。もし、視線の先にいるのが他の人間だったら何をしても叶えてやろうとしただろう、シンドバッドはそう思う。

「だが、相手は俺だぞ?」

ニヤリと笑って言ってみれば、

「選ぶの、ジャーファルさんなんで」

あっさりした答えが返ってきた。可愛くない奴め、と肘で突くも、マスルールは何も言わず、シンドバッドの肘を受け止めた。


:シャルはお布団でジタバタしてます

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