ベッドの上で(学パロ)


ある休日の朝、目覚めるとジャーファルが腕の中にいた。正確にいえば、ベッドの上、体の下にいた。仰向けに横たわったジャーファルの上に俺が覆い被さっている。銀色の髪がシーツに散らばっていた。驚いたように目を見開き、俺を見上げるばかりで何も言わない。

しばらくジャーファルを見下ろし、これは夢だ、と判断を下す。その証拠に制服を着ている。白いシャツと、紺色のスカート。夏場は黒いタイツではなく、黒いハイソックスを履いている、いつものジャーファルだ。スカートとハイソックスの合間の白い肌が眩しい。視線を足から引き剥がし、じっと目を見つめる。やはり何も言わない。

ともかく、休日に制服を着る人間がどこにいる。学校行事や、特別な理由がない限りいないだろう。そもそもジャーファルが朝早くに俺の部屋に入ってくることはない。起こす時はいつも部屋の扉を叩き、はやく起きてください、と声を掛けるだけだ。中学に上がった頃までは部屋まで入り込み、体を揺すって起こしにかかったものだが、とある切っ掛けを境に部屋に入ってくることはなくなった。

俺には寝ている間に服を脱ぎ、全裸になる癖がある。毎日ではないのが救いか。今日はきちんと寝間着代わりのTシャツとハーフパンツを身に付けている。いつだかの朝、俺は全裸だった。全裸ぐらいならばジャーファルは気にしない。全裸といえどもシーツは掛けていたし、直接裸を見せたこともない。ただ、男の生理現象というものを、布越しとはいえ、目にしてからは部屋に入ってきてまで起こすことはなくなった。良かったのか、悪かったのか分からない。

だから、ジャーファルが俺の部屋にいる訳がないのだ。つまりは夢だ。夢なのだ。にやり、と口角が持ち上がる。体の下のジャーファルの頬がかすかに引きつった。手を伸ばし、頬を撫でる。やわらかい頬の感触が手のひらに心地良い。むらむらと欲望が持ち上がり、ご馳走を前にした犬か猫のような気持になる。髪を撫でながら、肩口に頬を寄せた。びくんっ、と跳ね上がり、慌てて体を押しのけようとする。

「だーめ」

含み笑いで両手首を掴み、ベッドに押しつけた。引きつった声が上がる。

「ちょっと、もう、起きてください!」
「起きてる起きてる」

適当に答えてやりながら、布越しの肩にちゅっちゅっと唇を押しつける。服越しでも分かる華奢な肩のラインにため息が零れた。この細い肩を抱きしめて、ずっと守ってやりたい。そんな気持でいっぱいになって、思いきり抱きすくめた。ひっ、と短く息を呑む気配に傷付かないでもなかったが、気にせず頬擦りをする。夢ならばもっと都合良く運んで欲しいものだ。解放された両手でまたしても体を押しのけようとするが、俺にとっては、ないも同然の抵抗だった。腰に腕を回し、引き寄せる。体がくっつく。ちいさい。華奢だ。可愛い。細い。やわらかい。抱きしめる感覚は夢とは思えないくらい現実的で、歯止めが効かない。夢なのだから多少調子に乗ってもかまわないだろう。腰を擦り寄せれば体が硬直する。その初々しさがいつも接しているジャーファルの態度そのもので、自然息が荒くなった。仕方ない。これは仕方ない。

「いい加減……っ」

肩をぽすぽすと叩かれる。涙声で必死に訴える様子がすごく可愛い。首をぺろりと舐め、その後、吸い上げる。一度体を離して、顔を覗き込む。頬は真っ赤で、涙目になっている。可愛い。これは可愛い。じっと見下ろしていると、睨むように見つめてきて「なんですか」と問いかけた。

「どこから触ろうか、考えている」

真面目に答えると、怯えに身を竦ませた。

「あ、あなた、本当は起きてるでしょう!」
「だから起きてると言ってるじゃないか」

そう言い捨て、顔から太腿の辺りまでゆっくりと丁寧に視線を這わせる。抵抗した際に捲れ上がったスカートを慌てて手で押さえる仕草がこれまた可愛い。確かにジャーファルならばそうするだろう。どこかなぁ。どこから触ろうかなぁ。ささやかな膨らみの胸か、ほっそりした腰か、すらりとした太腿か。迷う。最終的には全部に触れるとして最初に手を出す場所はどこがいいのだろう。やはり胸か。しかし、太腿も捨てがたい。腰はさっき抱きしめたから後でいい。

「とりあえず脱がす」

あ、思わず口に出してしまった。まあいいか。じゃあ、まずはネクタイを、と手を掛けたところで額に拳が叩き付けられた。骨に当たったのだろう、ゴッという音がした。

「見境ないにも程がありますッ」
「……っ!」

額が痛い。一気に覚醒する。何度か瞬きを繰り返し、まじまじとジャーファルを見つめた。明らかに怒っている。

「ゆ、夢じゃない……?」
「夢じゃありません!だからさっきから起きろって言ってるんです!」
「いや、でも、お前、いつもは部屋までは……」
「買い物に付き合うって約束したのに、あなたがあまりにも遅いからです」

そういえばそんな約束をした。デートじゃないか!と浮かれてなかなか寝付けなかったのを覚えている。寝坊したのもそのせいだろう。

「いや、制服だし」
「……私、休日に出掛ける時はいつも制服です。校則でそう決められていますし」

近くなら私服で行くこともありますが、と付け加える。

「マジでか」
「ええ、悪いですか」

とてもお前らしいとは言わず、黙り込む。いつもよりはめかしこんでくるのではないかと考えた昨晩の自分を哀れに思いながら、思考を巡らせた。俺は寝ぼけたどさくさに何かおかしなことを言いはしなかったか。必死に記憶を辿ってみるが、変なことは言ってないと思う。可愛い、好きだ、守りたい、それらは考えただけで口走ってはいない。

「……分かったら、はやくどいてください」

眉を寄せ、息を吐き出しながらジャーファルが言う。

「………………」
「な、なんですか」

正直言えば動きたくない。更にいえば、寝ぼけた振りをして色んなところをいっぱい触りたい。もとい触りたかった。額を殴られたぐらいで覚醒するなんて情けない。俺の考えなどまったく知らないジャーファルは、

「具合でも悪いんですか?」

と、心配そうな声で問いかける。なんて愛らしい幼馴染みなのだろう。いまだ男が覆い被さっているという状況で相手の心配をするなんて。裏を返せば、男として意識されていないという話なのだろうが、そのことについては知らぬ振りをする。いつか悪い男に付け込まれやしないか心配だ。そんなことをつらつらと考えながら、

「ああ悪い」

と即答していた。無意識の選択だった。俺の無意識偉い。具合が悪いからしばらくこうしていてくれ、と弱々しく呟けば、具合悪いなら……と眉尻を下げる。ジャーファルは素直で良い子だ。問題はいつまでこうしているか、という点だ。さっきから頭の中ではいやらしい妄想が浮かんでは消え、浮かんでは消え、浮かんで、消えない。脱がしたい、触れたい、舐めたい、泣かせたい、可愛い声を聞きたい。大体、好きな女とベッドの中にいるのに、何もしてはいけないなんて不可能だ。無理だ。拷問だ。

だが、手を伸ばせば最後、以前のように付き合ってゆくことは出来ない。俺を避けて、口すら聞いてくれなくなるだろう。なにより深く傷付く。守りたいと願う対象を自分自身の手で傷つけてどうする。そんなことには堪えられない。無理矢理に息を吐き出して、

「……もう大丈夫だ」

と、体を動かす。ほっとしたように体を起こして、それから手を伸ばして額に押し当てた。

「本当に大丈夫ですか。熱は、ないようですが」
「たいしたことじゃない。それで、どこに行くんだ」
「隣の市まで行こうと思っていたんですが、今日は結構です」
「何故だ」
「急ぐわけではありませんし、体の調子、良くないんでしょう?」
「もう大丈夫だと言ったろう」
「でも」
「いいから」

出掛ける支度をするから部屋の外で待っていろ、と押し出し、扉を閉める。が、思い立って、閉めたばかりの扉を開けた。何を言う間もなく外に押し出されたジャーファルは目をぱちくりさせている。

「お前も着替えろ。あんな校則、守っている奴はいないぞ」

反論の前に扉を閉める。不服に思いながらも、言いつけ通り着替えてくるだろう。せめてデートの真似事ぐらいしたいじゃないか。おとなしく引き下がったご褒美だ、と口の中で呟き、苦笑を零す。

いつまでもこのままではいけない。ただの幼馴染みでは足りない。もっと近くなりたい。全てが欲しい。次から次に浮かぶ欲に息を吐き出す。一歩を踏み出す勇気は、いまはまだ、少しだけ足りなかった。


:起こしに来たジャーファルおねえさんをうっかりベッドに引きずり込んじゃったシン様。

  
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