いじわるなマスルール


「目、閉じてもらっていっすか」

マスルールの部屋に呼ばれ、寛いでいた時のことだった。相変わらず何もない部屋で、何をするでもなく、会話をしていた。会話、というより私が一方的に話をして、マスルールは相槌を打つぐらいだ。話の内容はつまらないことで、シンへの愚痴もすこしばかり零したかもしれない。
この部屋には寝台ぐらいしかない。一応、服を仕舞うための箪笥はある。さすがに着替えは部屋で済ますのだろう。

椅子はなく、坐るとしたら寝台だ。寝台にふたり並んで坐る。夜にふたりきりで、寝台の上。多少落ち着きが悪いのは確かだ。この寝台の上で縺れ合って抱き合ったことも、二三回ある。今晩と同じようにふたりして並んで坐っていたら、マスルールが口づけをしてきたのだった。嫌ではなかったから、大人しく唇を受け止め、舌が口腔へ入り込んできても拒絶せず、舌を絡ませすらした。やがて腕が腰に回され、引き寄せられる。何を望んでいるのかわかって、胸を押す。今日はだめ、いつならいいんすか、……わかりません、そんな会話を続け、しばしの沈黙の後、押し倒された。たまには触らないと死にます、と真面目な顔で言い切るものだから、おかしくって、それから可愛くて、自ら口づけをした。

その時のことを思い出すと逃げたくなるから、慌てて記憶を振り払う。逃げ出さずにいられるのは、マスルールを心から信頼しているからだった。嫌だと言えばやめてくれる。実際、そういう雰囲気になった時、だめとはっきり言うか、のらりくらりと躱せば、空気を感じ取って退いてくれる。たまには触らないと死にますと真面目な顔で言い切った日も、最後まで突っぱねれば大人しく退いてくれたことだろう。

マスルールと初めて肌を合わせたのはもう半年も前になる。一度は逃げた。無理だと思ったから逃げた。逃げたけれど、結局は避けられなかった。事が済めば、そんなに悪くない、むしろ良かった、幸せだと思ったけれど、時間が経てば、やっぱり無理だ、そう何回もできることではないと思った。この半年で体を重ねたのは記憶にある限りでは八回ぐらいだと思う。それが多いのか、少ないのかはわからなかった。

「いいけど、どうして」

唐突な言葉に首を傾げて見上げると、いつもと変わらない目が見つめ返してくる。

「……贈り物を」
「私に?」

はい、と頷く。なんだか嬉しくなって、私に?ともう一度問いかける。

「はい」
「街に買いに行ったの?」
「いえ、ようやく届いたんで」
「届いたって、船?」
「はい」
「わざわざ取り寄せるなんて、何を買ったの」
「それは……、まあ」

見せるまでの楽しみにしておきたいのか、そのまま口を閉じてしまう。じっとマスルールの顔を見るも、いつもの無表情だ。いますぐ知りたい気持もあったけれど、なんだかくすぐったくて、意味もなく視線をずらす。あのマスルールが、贈り物なんて。きっと一生懸命考えて選んでくれたんだろう。お返しを考えなくては、と頭の中でなにがいいのか考える。殺風景なこの部屋を飾るものを贈れば、すこしはこの部屋で寝起きするようになって、会議に連れて行くのも楽かもしれない。

「……ねえ、あんなところに鉤なんかあったっけ」

壁に鉤が打ちつけてある。やたら頑丈そうで一体何を引っ掛けるつもりなのか見当がつかない。洋燈、ではないだろう。部屋を照らす洋燈は既に立派なものがあるし、大体、寝台がくっつけてある壁に引っ掛けるのは危ない。

「そういえば、どうして寝台を移動させたの」

以前、来た時には寝台は部屋の真ん中で、窓側に寄せてあった。それが今は部屋の左側に寄っていて、壁にくっついている。マスルールは素っ気なく、別に、と呟いただけで他には何も答えなかった。

「…………」

それはもう直感としか言いようがない。

「明日も早いですからもう寝ますね。贈り物は明日の楽しみにしておきます」

息継ぎもせずに言い切って立ち上がる。そそくさと立ち去ろうとするが、すぐさま手首を掴まれた。ぎゅうっと力が込められる。

「……すみません」

ため息ひとつ吐き出したマスルールは手首を掴む手に力を込め、そのまま寝台に引き倒した。体に乗り上げられ、血の気が引く。こんなことは初めてでどう対処すればいいのかわからない。でもきっと真摯に話をすれば解放してくれるに違いない。

「あのね」

ガシャン、と金属の音に言葉が遮られる。目の前で、金属製の輪が手首に填められた。色は黒く、厚みがあった。両手首を揃って拘束するように填められた手錠には、鎖が垂れ下がっている。

「すみません」

再度謝り、体の上から退く。重圧からは解放され安堵するも、両手首を拘束する手錠は到底安堵できる代物ではない。上半身を抱き起こされる。手錠とマスルールの顔を見比べた後、願いを込めて口を開いた。

「外して、くれたりは……」
「無理っす」

予想通りの返答に項垂れたくなる。

「……どうしてこんなことするの」
「それは、いろいろ」

いろいろってなんだろう。それより問題は何をしたいのか、だ。予想はついている。けれど、それをしたいのならば普通に伝えれば済むだけの話だ。ここまでする必要はまったくない。首を捻っていると、手が伸びてきて、鎖を引っ張られた。釣られて体が引きずられる。

鎖は疑問に思っていた鉤に引っ掛けられた。両手が持ち上がり、万歳をする格好になる。身動きが取れない。冷や汗が背中に伝う。

「…………なに、するの?」
「……、いろいろ」

いろいろの内容が怖くて聞けない。

「じゃあ」

ぽつり、呟くと同時に手を伸ばしてくる。腰帯が解かれ、前掛けと腰布をあっという間に剥ぎ取られた。足がさらけ出されて、隠そうにも両手が拘束されている状態では無理だった。せめても、と両足を体に引き寄せ、可能な限りちいさくなる。しばらくじっとその様子を見ていたマスルールは、何も言わず、膝を詰めてきた。壁と大きな体に挟まれて、息が詰まりそうになる。重圧から逃れようと、体を横にして、視線を外した。

「……引き裂いたら」

頬を撫でた指が、顎に移り、首筋をなぞって、服の襟に掛けられている。

「お、怒ります」

あっさりと諦めた指は、そのまま下へ移動し、服の上から胸のふくらみをなぞる。目を閉じ、過ぎるのを待つ。心臓の辺りで止められた指はすぐに離れていき、安心するも束の間、太腿に手のひらが当てられた。擦るように撫でる手のひらはやはりすぐに離れていく。何をしたいのかわからない。性的な意図を持っているのは確かだが、なら、どうしてもっとわかりやすく触らないのだろう。目的がわからず、身を縮こまらせることしかできない。手のひらが服の中に忍び込み、腰を撫でた。体が跳ねる。

「こ、こんなことしなくても」
「すぐ逃げるじゃないっすか」
「……そんなこと」

ない、とは言えないけれど、だからといって拘束まですることないじゃないか。唇を尖らせると、撫でる手が止まり、言葉を告げる。

「できることなら、毎日触りたいんすけど」

告白に目を見開き、顔を見るのが怖くて壁に額をくっつけた。毎日は無理だ。そんなことしたら死んでしまう。

「それは無理なのはわかってるんで、だから、もうすこし」
「わかりました、わかりましたから」

外して、と懇願するも返事はなく、服の中に忍び込んだままの手が背骨をなぞり始めた。ぞわぞわと肌が粟立つ。マスルールの手はあったかい。分厚くて、触られると気持いい。その手が優しく肌を撫で回している。いつの間にか、前の方へ回り込んだ手のひらは、腹を撫で、脇腹からすこしずつ上の方へ移動していた。胸の下の部分に指が掠る。乳房の輪郭を指先がなぞる。

「……っ、ん」

指が喰い込んでいるのがわかる。視線を下に向ければ、布が中から押し上げられ、その下で指が動いているのがわかった。身を捩ると、それを手助けするように体の向きを変えられた。壁と向かい合う格好になり、自分がとんでもなく無防備な状態にあると認識させられる。後ろから乳房を掴まれ、好きなように揉まれている。逃げようがなかった。背中に体がくっつけられ、体温が上がる。

指は好きなように弄ぶくせに、中心には触れず、時折指先が掠めていくだけだ。もどかしい、浮かんだ思いに頬が熱くなった。唇を噛み締め、言葉を戒める。

「は、……っあ」

ぬるりとした熱い舌が耳を嬲る。突然の感触に背が仰け反る。胸の突起を布が掠って撫でた。肌にうっすらと汗をかいている。服を着ているせいか、中に熱が籠って、ひどく熱い。

胸を弄んでいた手のひらの一方は、腹を撫でている。爪先で肌をなぞられ、くすぐったさと、気持良さに頭の中がぼんやりとしてきた。大きくて不器用そうな手をしているくせに、繊細な動きをする。指が腰骨の上に辿り着いた。丁寧に体の曲線を辿り、足の付け根へと移動する。予感に体が震える。しかし、指は肌を撫でるばかりで触ってほしいところには一切触れなかった。手のひらが太腿の内側を撫で擦る。左手はいまだ胸に触れている。
先ほどから、肌の表面を撫でるだけで決定的な快楽は与えてくれない。

「……ん、っく」

息を飲み、奥歯を噛み締める。一体、どのくらいこれを続けるつもりなのだろうか。体の奥に生まれた熱が思考を麻痺させる。ねだろうか、頭の隅で考え、すぐさま否定する。そんなこと言える訳がない。でも、もっとしっかりと触ってほしい。けれど、口に出す勇気はない。でも、やっぱり。思案する間にもマスルールの手のひらは、肌に触れ、じわじわと、的確に快楽を引きずり出した。胸の間を汗が伝う。息苦しくなって息を吐き出す。はあ、はあっ、と呼吸を繰り返しても楽にはならなかった。

「っあ……!」

ぐい、と腰の辺りに何かが押しつけられた。それが何かを知っているがために、背が仰け反る。胸を張る形になり、布で胸の突起が強く擦られた。気にせずぐいぐいと押しつけられる物体の熱さに足が震える。
どんな快感を与えてくれるのか、知っている。肉を掻き分け、押し入り、中を抉るのだ。それをいうならば、胸の突起を指の腹で押しつぶされる感覚や、指で中を擦られる感覚だって知っていた。知っているからこそ、与えられないことが切ない。苦しい。

「……マス、ルール……ッ」

お願いだから、さわってください、と言葉を搾り出す。恥ずかしくて、恥ずかしくてたまらなかったけれど、これ以上焦らされるのはつらかった。切羽詰まった声音に対する反応としては不十分な、はあ、という気の抜けた声が返ってきて、目を見開く。欲しいものは与えられない。

「触ってるじゃないっすか」

言い返す言葉がなく、喘ぐように息を吐き出した。確かにマスルールはずっと体に触れている。いまだって胸を撫で、腰骨を掴んでいた。

「ちが、……もっと」
「もっと」
「……いつも、みたいに」
「久しぶりなんで、忘れました」

絶対に嘘だ。可愛い後輩という像が崩れていく音がする。肩越しに振り返り、睨みつけると、爪先で胸の皮膚を引っ掻かれた。たったそれだけの仕草に体が震える。肌がぴりぴりする。太腿を撫でていた手が離れ、腰に腕が巻き付けられた。ぎゅっと引き寄せられ、体と体の間の隙間が埋められる。

「……教えてくれれば、ちゃんと」

どこをどう触ってほしいのか、自分の口で言え、ということなのだろう。言えないと首を振るい、それでも快感には抗えなくて、乾いた唇を舌で潤し、口を開いては躊躇い、唇を噛む。ただひたすらに体が熱かった。ようやくのこと、胸を、とだけ搾り出す。

「どういう風に」
「っ、あ!」

訊ねておきながら、指先で突起を軽く弾く。鎖がガチャッと音を立てる。

「きみの……っ、好き、に」
「今も好きに触ってるんで」

あっさりと言葉を受け流し、違う答えを求められる。くやしくなって、拘束を、せめて鉤から鎖を外そうと腕を引っ張り、揺らすがガチャガチャと金属音が鳴るばかりで到底外れそうにない。もし外れていたならば、自分の指で慰めていたかもしれない。そのぐらいには追い詰められていた。

「もう、どうして……っ、意地悪、しないで……!」

目の前がぼやけて、頬が濡れていくのがわかる。こんなことで泣くだなんて思わなかった。みっともないと思うのに、涙は止まらず、剥き出しの足の上に落ちる。背後で、深く息を吐き出す気配がした。

「……本当に」

好きなように触っていいんすね、と確認され、必死に頷く。ぎゅっ、と胸の突起を摘まれ、同時に指の腹で転がされる。背筋が粟立ち、ぞくぞくとした震えが走った。

「っは、あ、ああ、っ」

首筋に舌が這い、次に強く噛みつかれた。痛いくらいだったが、痛みすら気持良さにすり替えられ、声が零れる。指は胸を引っ張り、時には手のひら全体で揉みしだき、好きなように弄んでいる。胸だけしか触られていないのに気持良くて気持良くて、どうにかなってしまいそうだった。

気が済んだのか、手が離れる。散々弄られて先端がじんじんと痺れていた。力が抜け、目の前の壁に腕を押しつけ、額をくっつける。

「……ぅあ、っ、ン!」

腹を撫でていた指が下腹部へと移動する。さっきは太腿や、腰骨を触るだけだった手は、迷いなく足の間に滑り込み、指がぬるりとした粘液を掬い取る。無駄なことだとわかっていても、知られたくなくて、身を捩った。恥ずかしい、はしたない、いやらしい女だと思われる。

「ち、ちがう、んです、その」

言い訳したくて口を開くも、言葉は何も浮かばない。浮かぶ筈もない。身を隠したくなるような居たたまれなさとは別に、もっと触ってほしい、快楽を与えてほしい、中を掻き回されたい、そんな欲望がぐるぐると体の中に渦巻いている。

「……俺も、同じっすよ」

欲の滲んだ声音は、何故か優しく響いた。その言葉の意味を噛み締めて、ちいさく頷く。同じ、口の中で呟き、反芻する。安堵して肩の力が抜けた。同じなんだ、と思えば嬉しくも思う。短く息を吐き出してから、鎖を握り締め、それを支えに腰を浮かせた。

「じゃあ、その、……おねがい、はやく」

自分からねだるのはまだ恥ずかしい。それでも、膝を立て、挿入しやすい体勢を取る。背後で衣擦れの音がして、それだけで予感に震えた。衣擦れの音がなくなると、指が太腿の内側をそっと撫で上げた。

「……っ」

秘裂をなぞり、武骨な指が中へと入り込む。粘液のせいか、肉は指を貪欲に飲み込んで、いとも簡単に奥まで招き入れた。二本に増やされた指が入り口を捏ねるように広げる。いつもより短い時間で引き抜かれ、あ、と声が落ちた。その声が物欲しげな色を含んでいて、思わず腰を引きそうになる。大きな手のひらが腰を掴み、同時に膣口に熱い物が押し当てられた。粘液が擦れ合って、水音を立てる。入り口の辺りを、擦るように何度か先端だけ抜き差しされ、鎖を掴む指に力が籠った。いっそのこと、自分から押しつけてしまいたい。けれど、更に深く押し入ってきた時、体は強張る。初めて受け入れた時の痛みと圧迫感はなかなか記憶から消えなくて、思い出しては、その度に体が怯えて気持良さが掻き消えてしまう。

「う、っあ……」

ぎゅう、と鎖を掴み、縋る。体の強張りに気づいたマスルールが優しく髪を撫でる。大丈夫だと言い聞かせるように何度も、何度も。緊張が緩んで、緩んだ瞬間、すこしずつ肉を掻き分け、押し入ってくる。そうやって時間をかけてすべてを納め、安堵の息を吐き出す。中をみちみちと埋める性器は大きくて、固い。脈動を内臓で感じる。頭がぼんやりとしてくる。圧迫感はまだあって、すこし息苦しいけれど、隙間なくいっぱいいっぱいに満ちているとなんだか嬉しくなって、泣きたくなった。

うごいて、と囁くと、浅く引かれ、次に押し込まれる。弱いところも、敏感なところも、そうでないところも全部一緒くたに擦られ、大きな快楽の波が全身を駆け巡った。

「あっ、ああ、……っは、ぁ、あ!」
「……好きに、動いて、いいっすか」

切羽詰まった声が耳元で問いかける。言葉の意味を理解しないまま頷く。理解したのは、マスルールがその言葉通り好きに動いてからで、後悔する間もなかった。激しく腰を打ちつけられ、中を抉られる。

「あ、ああっ!や、っ、だめ……っ、んん!」

やだ、だめです、そんな、しんじゃう、だめ、必死に訴えるも、返ってくるのは荒い呼吸ばかり。腰を掴んでいた手のひらが胸を掴む。肉を打ちつける音と、ぐちゃぐちゃと粘液が擦れ合う音、自分の声、すべてが混ざり合って、思考を奪う。気が遠くなりかけた瞬間、首筋に鋭い痛みが走って、我に返った。噛みつかれたのだと知り、わずかにもがくが、逃がさないようになのか、更に強く噛まれた。合意の上で体を重ねている筈なのに、無理矢理犯されているような気持になる。こんな性交を望んでいたのだろうか、考えた瞬間、奥を突かれ、目を見開く。

「……っあ、ふぁ、っ」

大きな波が過ぎ去って、釣られるように、中の性器が膨れ上がり、精を吐き出される。お腹の中が熱い。何度かに分けて吐き出され、膣をじんわりと満たす熱に目を細めた。性器を引き抜かれると、体を支えるものがなくなって、崩れ落ちそうになったが、手錠と鎖が倒れ込むのを阻止する。

「……大丈夫っすか」

背に腕を回し、慌てて鉤から鎖を外したマスルールが問いかける。表情はいつもと同じだけれど、声に不安げな色が混じっていた。

「大丈夫じゃない……」
「すみません、やりすぎました」

手錠を外し、跡が残る手首を優しく擦る。解放されたことと、疲労感で、眠たくなってきた。

「……言い訳は、後で、聞きます」

それだけ言い、後は睡魔に任せるまま目蓋を下ろした。


目覚めると、外はまだ暗かった。泣いたせいか、目蓋が重い。体を拭かずに眠ったから、べたべたして気持悪いかと思えば、そんなことはなく、着ているものも見慣れた清潔な官服の上衣だ。体液でぐちゃぐちゃになった服ではない。ただ、大きい。自分の服ではないのは確かで、誰のものかといえばひとりしかいない。隣で眠っている大きな体を見て、苦笑を零す。子供みたいな寝顔をしている。手首には手錠の跡が残っていたが、すぐに消えそうだった。壁に打ち込まれた鉤を見遣り、後で引き抜いてもらわなくちゃ、とちいさく呟く。

もう一度眠ろうか考えていると、マスルールが目を開いた。ぱちぱちと瞬きをして、じっと見つめてくる。

「もうこんなことしちゃだめですよ」
「……はあ」

反省しているのかいまいち窺えなかった。

「手錠も、捨てますからね」

そう言えば、あー……、と咽を鳴らし、「勿体ない、です」と呟いた。そんなことない、と言いかけ、わざわざ取り寄せたものだと思い出す。

「手錠なんて手に入れようと思えば、シンドリアでも手に入れられますよね?」
「……特別誂えなんで」

黙り込んで、記憶を探る。つい一ヶ月程前、ことあるごとに手首を掴んできたことを思い出す。あれは寸法を計るためだったのか。思わずため息を吐き出す。確かに手錠は吸い付くように手首にぴったりだった。

「無駄遣いしちゃいけないって、私、きみがまだちいさい頃に言いましたよね?」
「……無駄遣いじゃないっす」
「無駄です。こんなこと、しなくたって」

どうしてもしたい時ぐらい許すのに、と口の中でもごもごと呟く。マスルールは真剣な眼差しで見つめてくる。

「本当は嫌なんじゃないかと思ってたんで」
「嫌ってなにが」
「……俺と、こういうことするのが」

どさくさ紛れ、服の中に手を滑り込ませ、肌を撫でる。慌てて手を押さえつけ、軽く睨むも、涼しい顔をしていた。いつもと表情が変わらないからよくはわからないけど。

「嫌だったら、最初から許していません」

っすよね、呟くと手を伸ばし、抱きついてくる。安堵したのか、ほぅっと吐き出された息が首筋をくすぐって、反射的に体が竦んだ。知らない間に不安にさせていたのだと思えば、原因は自分にもある、と考え直す。

「……ごめんね」
「いえ」
「きみと、抱き合うのは嫌じゃないんだけど、ただ、その、苦しいから」

初めて見た時は、本当に無理だと思った。あんなもの入る訳がない、と怖くなって逃げた。今だってまだ差し込まれていた時の感覚が残っている。

「………………慣れりゃいいんじゃないっすかね」
「はい?」

抱きついてくる腕の力が強くなってきた気がする。気がする、じゃない。確実に強くなってきている。そのままマスルールの体が伸しかかってきて、寝台と大きな体に隙間なく挟まれた。

「ちょっと、だ、だめですからね!」

唯一動く手のひらで脇腹を叩くが効果は一切ない。服の中に手が潜り込み、背中を撫で回している。大体、何故か身に付けているものは大きな、到底体に合っていない上衣だけで、それ一枚剥げば裸だ。

「すみません、無理です」
「……んんっ」

唇を塞がれ、入り込んだ舌が口腔を弄る。舌を掬い取られ、吸われる。先ほどまで繋がっていた体は、まだ快楽の火種が残っていて、ぞくぞくと震えが走る。逃げるように、無理矢理唇を引き剥がし、声を荒げる。

「それだけじゃありません!だって、何回もするから!」

押し入られる時の苦しさもあるが、なにより、一度許せば、続けて何回もしたがるのもひとつの理由だった。一回受け入れて揺すられるのすらようやくなのに、わずかな休憩の後に、続けて求められるのはきつい。次の日は体中軋んで痛い。だから、つい避けてしまうのは仕方ないことだと思う。

「……触れる時にまとめて、と思って」
「…………」

どうやら悪循環だったようだ。はあ、とため息を吐き出し、マスルールを見上げる。

「わかりました。私も、もうすこし考えますから」
「……はい」

抱きしめる腕の力が抜ける。体の下から逃がすという気持はないようだけど、譲歩はしてくれそうだった。多分。太腿の辺りになにか当たっているけど。

「俺も、二回に減らすんで」

眉間にちいさな皺が寄った。どうやら苦渋の決断だったようで、その顔を見ると、あと一回ぐらいならばいいかと穏やかな気持になって、結局後悔した。


:いじわる止まりなマスルール

  
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