踊り子衣装のジャーファルさん


本日は禁酒して一ヶ月となる。二週間を過ぎた辺りだろうか、酒飲みたさに切ない顔をする俺を哀れんで、しかし飲酒の許可を出すことも出来ないジャーファルが言ったのだ。とりあえず一ヶ月我慢出来たらご褒美を上げますから、と。もちろん酒は駄目で、欲しいものか、それともして欲しいことでもあれば、とくれば願いはひとつしかない。

俺の部屋には踊り子の衣装がある。もちろん自分で着用するためではない。いつか部下に着せてやろうと思っていたのだ。頼み込んでもいいし、命じてもいい。無理矢理着ている服を剥ぎ、自分の手で着せるのでもいい。そう思っていたところに差し出された提案は正に渡りに船。褒美があるとなれば、あと数週間ぐらい容易に堪えられる。宴会の誘いも断り、目の前に酒が差し出されても断り、一滴も口にしなかった。

そうして、禁酒して一ヶ月目の夜、全ての用事を済ませて部屋にやってきたジャーファルが口を開く。

「それで、欲しいものか、して欲しいことは決めてあるんですか?」

仕事が終わった後に部屋に来るよう命じれば、頷きながらも多少の呆れを含ませて笑う顔をふいに思い出した。見て分かるほどに物欲しげな顔をしていたのか。実際、楽しみで仕方ないのは確かだ。喜色を隠さず、ジャーファルの言葉に笑顔で頷く。

「ああもちろんだ」
「頑張りましたからね、多少の無理もかまいませんよ」
「本当だな」
「ええ」

にこにこと笑うジャーファルに衣装の包みを手渡す。受け取った後、これは?と目で問いかけてくる。

「それをお前に着て欲しい」
「……あなたは以前から着飾れと言ってましたからね。でも、いいのですか」

こんなことで、と首を傾げるジャーファルを促し、包みを開けさせる。開いて出来てたのは白いひらひらとした服で、その布面積に一瞬硬直した。胸と腰回りはそれなりに厚手のある布だが、それ以外の、腹や腕、足の部分は薄らと透けている。

「あの、これは」
「可愛いだろう、踊り子の衣装だ」
「これを、着ろ、と?」

一区切りずつ言葉を発し、問いかける。

「なんでもすると言ったろう」
「なんでも、とは言ってませんが、……分かりました」

ため息ひとつ、衣装を手に部屋を出てゆく。数分後、衣を一枚羽織って部屋に戻って来たジャーファルの頬は赤い。早く見せろ、と手招きすれば、目の前に立ってから衣を落とす。思っていた通り、白い肌によく映える。胸の辺りは多少物足りないが、そんなことは些細な問題だ。ところどころに昔ついた傷跡があるのが妙に艶かしい。

「これで、いいんですか」
「ああ、よく似合う」
「それはなによりです」

どこか不貞腐れたように言葉を返すのが愛らしい。腕を掴み、膝の上に坐らせる。いきなりのことで驚いたのだろう、目を見開き、それから何か言いたげに口をぱくぱくとさせた。しかし、咎める言葉はない。

「折角だから、真似事でもしてみてはどうだ」
「……真似事とは」
「そうだな、見たことぐらいあるだろう。膝の上に乗り、腰を揺らすのを」

ありますけど、と口籠り、唇を噛む。さすがに難しいだろうか。だが、深いため息を吐き出し、諦めたような顔をする。もう少し抵抗なりしてくれていいのだが。あまりにもあっさり受け入れられると物足りない。

「では、手を体の横に、椅子の上へ置いてください」

言われた通りしてやれば、手の甲を膝で押さえられた。

「踊り子に手を触れるのは禁止されている店もあるんですよね?」
「いや、それは、多少いかがわしい店で」
「そんなこと私は知りませんから」

嫌なら降ります、とそっぽを向く。なんと可愛くない部下だ。仕方ない、と承諾してやれば勝ち誇ったように笑う。隙を見て苛めてやろう。そう思いながら好きなように動けと言ってやる。しばらくどうするか考えていたが、やがて意を決したように両腕を首に回した。それから、思いきり抱き寄せる。胸のところに押しつけられる形になり、目を見開く。もっと恥ずかしがると思っていたが、案外大胆だ。吹っ切れたのかもしれない。

「……顔を、見ないでください……」

吹っ切れた訳ではなく、恥ずかしさ故の行動だったようだ。ぎゅう、と頭を抱きしめられる。顔が胸に当たるのは恥ずかしくないのだろうかと疑問に思うが、口には出さない。多少の距離はあるから、かまわないのだろう。甘い花の匂いが鼻腔をくすぐる。わざわざ香を焚いてきたのだろう。思いきり匂いを吸い込めば、脳髄が痺れるような甘さに支配される。こういうところが堪らなく愛おしい。

今、視界に入るのは、胸元とそれから繋がる腹、目の端に白い太腿も見える。もっと全体を見たいのだが、と不満を抱きながら、次の行動を待つ。深く息を吐き出したのを感じ、頬が緩んだ。ゆっくりと腰が動く。ぱふ、と頬にやわらかい感触が当たり、すぐに離れていく。そしてまた軽く当たり、離れた。その感触を楽しみながら、下へと視線を移動させた。腰はゆらゆらと動き、誘いをかけられているような気分になる。……こういうものは恥じらいを置き、軽い気持で動いた方が恥ずかしくないと思うのだが、と言ってやりたいが、慣れぬ衣装に慣れぬ行動ではそれも難しいことだろう。いやしかし俺も恥じらいを捨ててもらった方がいい、頭の中で訴えてみるが伝わることはない。かすかに揺れる腰つきはひどく物欲しげで、そそられる。ましてや、目の前の肌はもっともこの手に、体に、馴染んだ肌だ。感触を知っている。あたたかく、さらりとした、やわらかい肌。腰を掴み、責め立てれば桃色に色づくことも知っていた。そして、体内の熱さや、受け入れる粘膜のやわらかさも。

「……!」

体が硬直して動かなくなる。布を隔てているとはいえ、性器を擦り合わせるような真似は羞恥が勝るのだろう。ふと、悪戯心が沸き上がり、意地悪く胸元で囁く。

「どうした。もう終わりか」

俺は一ヶ月我慢したぞ、言ってやるが動く気配はない。沈黙の後、……いえ、と否定の呟きを落とし、緩慢な動きで腰を揺らし始める。勃ち上がったそれに触れるか触れないかのところで動きを止め、腰を引く。頭を抱きかかえる腕がかすかに震えているのが分かった。あまり苛めてやるのも可哀想か、と思いはするのだが、折角の機会をもっと堪能したいと欲が頭をもたげる。さて、どうするべきか。

「……触れるのは駄目だったな」
「だめ、です」

震える声が答える。もう許してください、と一言いえば解放してやるつもりでいるのだが、言い出す気配はない。どうせ一ヶ月酒を我慢したのだからそれなりに応えねばならないと思っているのだろう。思わず笑みが零れる。

「食むのは駄目、とは言われていないな」

言うなり目の前の膨らみを軽く食む。胸というよりは胸を包む布だ。いきなりのことで驚いたのか、ちいさい声を上げ、胸を押さえる。

「なにを……っ、……!」

不安定な膝の上ということを忘れていたのか、思いきり身を引き、体勢を崩した。膝の下の手を慌てて引き抜き、腰を抱きかかえて引き寄せる。危うく膝の上から転倒しそうになったジャーファルは俺の胸の中に収まった。

「気をつけろ」
「……すみません」

しおらしく謝るジャーファルの腰を、気にするな、と軽く叩く。

「それで、踊り子に触れた罰はあるのか?」

胸元から頬を引き剥がし、じっと俺の顔を見る。拗ねたように唇を尖らせ、ありませんよそんなもの、と答えた。その後すぐ表情をやわらげ、

「あとはどうぞお好きなように」

目を細めて笑う。どうせそのつもりだったのでしょう、甘い声が耳元に響く。では好きなようにしよう、と唇を合わせた。


:ジャーファルおねえさんのズンドコは恥じらいで逆にいやらしいに違いない。

  
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