幸福の形(R18)


/妊娠ネタ
/ジャーファルさんが病んでる
/王様がちょっと黒ルフ
/性描写はほとんどありません


私の名前はジャーファルと申します。歳は二十五、夢の都と称されるここシンドリアで、侍女をしております。王の私室を綺麗に掃除をし、寝台を整え、季節ごとの花を飾り、日々執務に追われる王の身が少しでも休まるように、気持良く過ごせるように、心を込めてお世話をしています。

私は、幼い頃シンドリア国王シンドバッド様に拾われ、今日まで命を繋いで参りました。拾われた頃、シン様は国を持たない冒険者でしたが、人を引きつける魅力はその当時から損なわれていません。何も持たない私を拾い育ててくださった心優しい部分も、いまだ変わりなくそのままです。

そんな優しく魅力的で、更には容姿も優れた王が私を選んだのはとても不思議なことでした。ただひとつ私が誇れるものは、王の傍にいた年月だけです。十の頃に拾われ十五年、二十五になるまでずっとお傍にいました。けれど、それだけ。非力で、学もない私は、シン様のお世話をするしか能がありません。でも、シン様は言うのです。お前がいい、と。

私には過ぎたものです。己の立場も理解していました。けれど、嬉しくて嬉しくて、私は自分の気持に抗えず、シン様と関係を持つことを選びました。強いられてのことでありません。私が選んだことです。時折、何も持たない私などでいいのか、と不安に思うことはありましたが、その気持を察するのか、閨で優しく頭を撫でたかと思うと、赤面するような愛の言葉を注いでくださいました。

そうこうしている内に、私はシン様の子を宿しました。国王の子種です。生まれてくるのはただの子供ではありません。跡継ぎになるやも知れない子供です。腹の子の行く末は、私の一存では決められることではありません。ですから、私はすぐにシン様にご報告しました。シン様は言葉を詰まらせ、すぐに私を抱きしめました。苦しくて息も出来ないほどにきつくきつく抱きしめ、そうして耳元で「……産んでくれるな?」とそう囁いたのです。何を迷うことがありましょう。シン様の逞しい胸に頬を寄せ、私は頷きました。

腹は順調に膨らみ、外からもそうであるとわかるようになりました。腹が目立ち始めますと、他の者に気づかれてはならぬからと、部屋を宛てがわれました。シン様の部屋の隣です。執務が終わると、シン様は自室より先に私の部屋にやってきて、私の膨らんだ腹を愛おしげに撫でるのです。

私は幸せです。身寄りのない、幼い少女だった私を拾い上げ、慈しんでくださった方に愛され、その方の子を産めるのですから。腹の子は、おそらく父親のいない子になるでしょう。けれどそれは表面的なものであり、子供の父親は誰よりも素晴らしい方なのです。膨らんだ腹を撫で、私は中の子に囁きかけます。はやく産まれてらっしゃいな。世界は美しく、あなたは素晴らしい方の子供で、その方の国で産まれるのだから、何も怖いことはない、幸福な日々が待っている。

「ジャーファル」

いつの間にか日が暮れていたようです。愛しい方の声に顔を上げ、笑みを浮かべました。シン様は安堵したように息を吐き、私の頬を撫でました。

「体の調子はどうだ?」
「大丈夫です」
「そうか。それは良かった。……今も、嫌な夢を見るか?」

嫌な夢は、子を孕んだ頃からよく見るようになりました。男が私に乗りかかり、無理矢理に犯す夢です。胎の中に何度も何度も精を吐き出され、私は必死に訴えています。やめて、子などいらない、私はただあなたのためだけに生きたい、働きたい、身重になればそれは難しいこと、だからやめてください、そう訴えるも聞き入れてもらえないのです。私に乗りかかるのは、目の前で優しく笑うシン様と同じ顔をした男です。おそらくは私の中の不安が、シン様の形を取っただけに違いないのです。思わず苦い笑いがこぼれました。不安すらシン様の形をしているだなんて、私の全てはこの方で出来ているのだと自覚せずにはいられません。

「ここ数日は何も」

そう答えると、良かった、と笑いました。心から私を気遣ってくださっているとしか思えない笑顔に、胸があたたかくなりました。どうしてこの優しい人が、私の意思を踏みにじり、ひどいことをするのでしょう。

「シン様」

夢を見るようになってからずっと、私には尋ねたいことがありました。

「何か欲しいものでもあるのか?なんでも言え。お前のためならば、なんでも用意してやろう!」
「ふふっ、では赤子の服を繕いたいので布を用意していただけますか?それから裁縫道具も」
「上等な布を用意させよう。色もいくつか見繕ってもらった方が良かろうな。お前自身は何か欲しい物はないのか?」
「あなたがこうして慈しんでくださるだけで充分です。……シン様」

優しく笑うシン様の幸福に満ちた顔を見ていると、胸が苦しくなります。この方が幸福であるためならば、なんだってしようと思うのです。幼い頃からずっと私はそんな気持でこの方を見ていました。

「もし、私があなたの子を欲しくないと訴えていれば、あなたはどうしていましたか?」

シン様の顔に陰りが生まれます。私は慌てて口を開きました。

「申し訳ございません、つまらないことを!……あなたが私の意思を無下にする訳がないと知っている癖に、私ったら」

そうでしょう?と問いかけると、黙って私の頬を撫でました。それが答えです。あたたかく優しい手のひらが頬を撫で、私は安堵から体の力を抜きました。手のひらに頬を擦り寄せながら、再度「申し訳ございません」と謝ると、ようやくのこと笑みを浮かべてくださいました。

「……お前を大事にする」

呟かれた言葉の愛おしげなこと。静かに頷きますと、目蓋に唇を押しつけられました。目を閉じると、唇に触れ、角度を変えて何度も何度も口づけをくださいます。何度も口づけを交わす内に、体があたたかくなり、呼吸が荒くなりました。舌が滑り込んできて、私の口腔を探ります。

「んっ、……シン様」

胸を軽く押すと、すぐさま唇を離しました。

「悪い」
「少し苦しかったものですから。口づけならば何度でも」

言葉を落とすと、すぐさま唇を塞がれました。今度は軽い口づけでした。その口づけを受け止めながら、ぼんやりとこの方に抱かれたのだと今更なことを思いました。鍛えられた逞しい腕が私の頼りない貧弱な体をまさぐり、猛々しい性器で貫いたのだと、そのことを思い出すと急に恥ずかしくなり、顔を見ていられなくなりました。

「どうした?」
「……あなたにされたことを思い出してしまって」

少し拗ねた気持で呟きますと、

「どんなことだ」

と、声が返ってきました。その声がいつもと違うことに気づいて、私は顔を上げました。シン様は静かに私を見つめています。その金色の瞳に冷たい色を見つけ、わずかに恐怖が生まれました。この方のそんな表情を、私は知りません。

「シン様……?」
「お前は、俺に、何をされた」
「それは、その……」
「ジャーファル」

手が伸びて来て、私の髪の中へと挿し入れられました。髪を撫でる手はいつもと同じなのに、そこから緊張が生まれてくるようです。どうしてか、怖くてたまらないのです。愛情を与えてもらった記憶しかないにも関わらず、目の前のこの方が怖くて今すぐ逃げてしまいたくなりました。おかしなことです。私は一度もこの人に傷つけられたことなどないのに。

「……すまない」

ぽつり、と零された声はか弱いものでした。

「俺はただ、俺が死んだ後もお前を縛りたかった。子を産めば、その子がいる限り、お前は俺を忘れない。そんなつまらないことを思いつき、どうしても孕ませたくなった。お前が嫌だというのを押さえつけ、孕むまで毎日のように犯し続けた。お前は言った、こんなことをせずとも私は死ぬまであなたに縛られたままだ、と。……だが、言葉だけでは不安だった」

紡がれる言葉の意味が理解出来ず、私は首を傾げました。この人は一体なんの話をしているのだろう。それから気づくのです。これは夢なのだ、と。シン様が紡ぐ言葉は夢の中の出来事と一致しました。

「あなたが望んだことです。満足でしょう?」

夢の私が言葉を吐き出します。

「私があなたの子を産めば、あなたは満足して、もうあんなひどいことはしない。犯されたことなどどうでもいい。あなたが私の気持を踏みにじったことが切なくて、悲しい。あなたのためだけに働けないことが、あなたの盾となり、刃となり戦えないことが、私にはつらくてたまらない。でも、あなたが望んだ」

だから私はあなたの子供を産むのです、そう呟くと、胸に悲しみが満ちて、いつの間にか私は泣いています。子を孕んでからは、悲しいという気持に支配されて、私は少しずつ弱っていきました。無事に子を産むためと食事を取り、規則正しい睡眠を取り、健康には気を使っていましたが、悲しみが私を確実に弱らせていきます。見兼ねたシンが、私をこうしたのです。新しい記憶を作り、私に出来ることは些細な雑務だと植え付けた。それでいい。そうであれば、私はシンが望んだ女になれる。好いた男の子供を孕み、その子の誕生を喜び、健やかな成長を望む、そんな女に。これでいい。シンが笑ってくれるならば、それ以外に望むことなどない。

腕を伸ばし、悲しげに私を見つめていたシンの頭を抱える。腕が背に回り、優しく抱き寄せられる。腹が押しつぶされないようにだろう。愛おしくなって自然に笑みが零れた。

「……あなたの望みは私の望み」

それはどこか自分自身に言い聞かせているように感じた。どちらにせよ、私には選択肢がなく、これからの未来はシンに任せるしかない。ずっとそうだったのに、それだけでは足りなかったのだと思うと、愛しさと悲しみが混ざってどんな顔をすればいいのかわからなかった。少しずつ意識が薄れていく。目を閉じると、闇が広がった。その闇はとても優しい。


――目を開けると、蝋燭の火が揺れて、部屋を照らしていました。いつの間に眠ってしまったのでしょうか。傍らに視線を向けると、シン様が書類から顔を上げて微笑みました。ここ最近、文官に欠員が出て、その穴埋めに追われているようです。少しでもお手伝いが出来ると良いのですが、学もない身ですので、邪魔にしかならないでしょう。私に出来ることといえば、無理をせぬように気遣うことだけです。

「……根を詰めすぎてはいけませんよ」
「わかっている。気分は悪くないか」
「ええ」
「ジャーファル」
「はい」
「お前はずっと俺の傍にいるか?」

不安げに問いかける姿に笑みを返して、静かに頷きました。シン様は、そうか、と安堵したように微笑み、また書類へと視線を戻しました。私は横たわったまま、その横顔を見つめています。あたたかい光に照らされた横顔は精悍で、とても美しいのです。

私は無事に子を産んだら、何も言わずにこの国を出るつもりです。今までに働いて得た給金は手を付けずに丸々残っていましたし、まだ腹が膨らんでいなかった時分に、必要な物を買い揃えろと与えられた金貨の余りもこっそりと貯めていましたので、なんとか女ひとり子供ひとりが住処を見つけられる程度には蓄えが出来ていました。

赤子に数週間にも及ぶ船の旅は酷でしょうから、ある程度大きくなってからになるでしょう。やはりこの方に、ご自分の子を抱いて欲しくもありました。……腹の子は王の子です。跡継ぎになるやもしれない子供。私は国に仕える侍女であり、この国の王妃ではありません。そんな女が王の子を孕んだとあれば、面倒が起こるのは確かです。父親を隠したとしても、何かの拍子に発覚しないとも限りません。ですから、どこか遠い国へ身を隠してしまいたいのです。どんな些細な問題であれ、王の手を煩わせ、頭を悩ませることは避けたい、そう思うのです。

シン様は悲しむでしょう。それから、あんなにも情を掛けたのに冷たい女だと失望するかもしれません。切ないことですが構いません。これから紡がれてゆくシンドリアの未来と天秤に掛けられるものではないのですから。それに、王の仕事を減らす手助けも出来ず、盾となり刃となり戦えもしない侍女のひとり、いなくなっても何も困るものでありません。

記憶に刻み込もうとシン様の横顔を見つめていますと、シン様は「そんなに見つめられては穴が開く」と冗談めかして笑いました。その笑顔は私にとっての幸福そのものでした。


:病んだから新しい記憶を作ったら、やっぱり面倒くさいジャーファルさんが出来ましたっていう。

  
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