▽ おれのジャーファルくんはとてもかわいい


 ジャーファルには隠しごとがある。
 あれは二日前の出来事だ。穏やかな午後の日差しが降り注ぐ中、シンドリアを激震させる驚くべきことが起こった。なんとあのジャーファルくんに荷物が届けられたのだ。ただの荷物ではない。政務官であるジャーファルへの荷物ではなく、ジャーファル個人への荷物だったのだ。これがどれほど驚くべきことか、わかってもらえるだろうか。
 ジャーファルといえば、私服は一枚――その私服は十四の時の服であり、それを私服として持って来るだなんてお前の頭はどうなってんだと突っ込みたくもなる――、趣味といえば仕事、好きなものは珈琲、それだって特にこだわりもなくどのように淹れてあっても飲む、そんなジャーファルに荷物が届けられるなど驚くべきことであり、気にならない方がおかしい。
 届けられたのは一体なんであろう。木箱は両手で抱えられる大きさで、さして重いものではないらしい。個人的に贈り物をしてくれる友人は、俺の知る限りいない。自分で頼んだと考えるべきだろう。仕事道具だろうか。いや、仕事道具であればその場で開封し、すぐさま使えるようにするのがジャーファルだ。届けられた木箱はジャーファルの胸に大事に抱えられて部屋へ運ばれ、目の届かない場所へと行ってしまった。
「何が届いたんだ、ジャーファル。随分と嬉しそうだったが」
 戻って来たジャーファルに問う。部屋に戻ったついでとばかりに腕には巻物を抱えていた。
「嬉しそうな顔なんてしていましたか?」
「ああ、していた」
「思い違いですよ。あなたは荷物が届くと本当に楽しそうな顔をしますからね」
 情景を思い出したのか、ふふっ、と肩を揺らした。確かに俺は荷が届くと嬉しくなる。例え中身を知らなくても、知っていても、厳重に包まれた封を解く時のわくわくした気持は、冒険に赴く時の高揚感にも似ている。思い返していると、
「さ、仕事しましょう」
 と現実に引き戻された。
「質問に答えていないぞ」
「大したものではありません。最近寝つきが悪いから、安眠作用のあるお茶を頼んだのです」
「む、それはいかんな。今晩から俺が添い寝して子守唄でも歌ってやろう!」
「嫌」
 実に冷たい声が返ってきた。何も一文字で返すことはないだろう!
「あなたと一緒に寝て、それだけで済むもんですか」
「運動でもすればぐっすり眠れるだろう」
「疲れるじゃないですか」
「心地よい疲れは眠りを誘う」
「嫌ですったら」
「……喜んでいるじゃないか、いつも」
「喜んでいても疲れるもんは疲れるんです。あんただってそうでしょうが」
「俺はまだ若いからそんなことはない」
 はいはいそうですか、とにべもない返事をし、ジャーファルは「もうすぐ午後の公務の時間です」と俺の背を押した。静かな廊下を歩きながら、背後に声を投げる。
「俺にも味見させてくれ」
「……」
「おとなしく寝るから、お前にとって好都合」
「味見くらい構いませんが」
「構いませんが、なんだ」
「必要ないのに、と思って」
 可愛くねえ男だな、胸の中で呟いた。

 その夜ジャーファルが持ってきた茶からは林檎のような甘酸っぱい匂いがした。胸いっぱいに吸い込み、息を吐き出す。隣りではジャーファルが涌かした湯で器を温めたり、茶葉を蒸らしたり、てきばきと用意をしている。
「良い匂いだ」
「お気に召しましたか?」
「ああ、安眠できそうだ」
「なによりです」
 必要ないのに、と言った癖に嬉しそうに微笑むのがくすぐったい。手渡された茶を受け取り、口に含む。香りがより一層鼻孔をくすぐった。
「うむ、飲んでみて思ったのだが、香りが良いし、心が落ち着く。穏やかな気持になった」
「ふふっ、ではあなたの分も取り寄せておきましょう。いつでも飲めるよう道具もきちんと揃えておきますから、眠れない夜はどうぞひとりでゆっくり楽しんで」
「いや、それはいい。ひとりで飲んでも寂しさばかりが募りそうだ」
「……お酒だけではなくお茶もひとりでは飲めないんですか」
「ひとりで楽しんで何が楽しいものか」
「はいはい、わかりました。飲みたい時はいつでもお呼び立てください」
 口では呆れた風に言うが、その目は優しい。穏やかな気持とは別な感情が浮かび上がって、たまらない気持にさせる。
「ジャーファル」
「なんです」
「眠くなってきたから寝台まで運んでくれないか」
「……」
 優しい色を浮かべていた目が細められて、俺を見つめてくる。
「邪な気持なんてまったくないぞ!」
「わざわざそんなこと口に出す時点で疑わしいじゃないですか!」
「男ひとりで寂しく眠れというのか」
「男ふたりも十分に寂しいでしょうが。それにあんたなら女のひとりやふたり、すぐに引っかけられるでしょう」
「人聞きが悪いぞ! ……引っかけていいのか?」
「だめに決まっています。今晩のところは地味な男で我慢してください」
 顔色を変えずにそんなことを言うものだからおかしくなってきた。俺が吹き出すと、ジャーファルも笑みを浮かべた。このまどろっこしい、他愛ないやり取りをジャーファルも楽しんでいる。
「ジャーファル」
「はい」
「ぐっすり眠らせてやろう」
「加減してくださいね。明日も仕事ですから」

:ジャーファルくんは王様大好きなことが可愛いよね!をつらつら書いてるだけのお話です
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