▽その1

「ごめんなさいっ!」
八人将のひとりであるヤムライハが、涙目で頭を下げたのは、その日の夕刻であった。ごめんなさい、私のせいなんです!と何度も何度も叫ぶヤムライハの後ろにはいつかどこかで見た少年が、何故だか水の縄により拘束され、ぷかぷかと浮かんでいる。浮遊魔法だろう。
「……聞きたいことが、多すぎるな」
聞くところに寄ると、雑多に置かれていた魔法道具の片づけをする際に、転び、様々な属性を持つ魔法道具が擦れ合い、ぶつかり、共鳴または反発し、そのぐちゃぐちゃになった魔力が、こうなったというような頭を抱えたくなる説明をされた。
「それで、なんで縛られているんだ?」
「……暗殺されそうになったので」
つまり変わったのは姿形ばかりではなく、その姿に合わせて中身も、ということか。ため息を吐き出す。ジャーファルにしてみれば、いきなり見知らぬ部屋で、目の前には見知らぬ女の魔導師がいるのだ。警戒から攻撃しようとしても不思議ではなかった。
「俺のことは、わかるか?」
眉間に深々とした皺を刻み込んだままの幼いジャーファルに問いかける。眉間の皺はそのままだったが、わずかに表情から緊張が和らいだ。
「…………シン」
「そうだ。いいか?この場所は安全で、彼女も、決してお前には危害を与えない。わかったか?」
ちらりとヤムライハへと視線を移したジャーファルは、俺の目を見つめ、静かに頷いた。
「下ろしてやってくれ。それから、拘束もな」
「はい」
ほっとした表情を浮かべ、ヤムライハが何事かちいさく呟くと、ジャーファルの体はゆっくりと地面に落ち、水の縄も一瞬にして消えた。
「……ごめんなさい」
しょんぽりと肩を落として、ジャーファルに謝るヤムライハを慰めるように背中を軽く叩く。後のことは任せろ、と言えば、おとなしくその場を立ち去った。必ず元に戻す方法を探し出します、と訴える目は真剣だった。魔法に関しては誰よりも熱心で、知識がある。元に戻す方法はヤムライハに任せておけば大丈夫だろう。
「まずは、服だな」
ちいさくなったジャーファルの体を抱き上げ、部屋へと向かう。いつだかに自慢げに見せられた、俺が贈ったという十四の時の服がこんな場面で役に立つとは、さすがのジャーファルも思わなかっただろう。
部屋に入り、箪笥の引き出しを開ける。引き出しの中には、官服が数枚、寝間着が数枚、といった具合に私服の類は一切入っていなかった。
「…………」
まさかここまで所持していないとは思わなかった。買い与えるべきだろうか。でもそんなことをしても、もったいないと拒絶するに違いない。
「シン?」
「なんでもない。ほら、お前の服だ」
「……私の服」
「そうだ、お前の服だな」
「どうしてこんなところにあるんですか?」
「それはここがお前の部屋だからだよ」
ジャーファルは不思議そうに首を傾ける。


▽その2(前リクの)


ジャーファルがちいさくなった。ルフがどうたら、眷属がどうたら、金属器が、ジンが、性質が、と長ったらしい説明は抜きにしてとにかくジャーファルがちいさくなってしまった。
皆一同に黙りこくり、銀色の髪をした、そばかすのある子供を見る。言葉は誰も発しなかった。沈黙を打ち破ったのは、幼い声だった。
「……シン?」
声変わり前の鈴のような声がシンドバッドを呼ぶ。
「ああ」
頷けば、自分を見つめる八人将の面々を一通り眺めてから、シンドバッドの背へと身を隠した。布を掴み、背後から覗き見る目には、どことなく敵対心が感じ取れた。だが、ヒナホホやドラコーンのところへ視線が動けば、安堵したように表情が緩む。しばらくの無言の後、シンドバッドを見上げた。
「……シン、なぜ、老けているのですか……?」
「…………」
痛恨の一撃である。その場に崩れ落ちそうになるのを耐え、膝をつき、ちいさくなったジャーファルの肩を掴む。
「お前がちいさくなったんだ。俺は普通に、ごくごく普通に年を重ねただけなんだよ」
「……それは老いとどう違うのですか?」
「……。人は皆、年を取るものだろう。でも、俺、まだ若い」
「で、でも、昨日までのシンはもっとお若かったです」
困惑も露わに言葉を落とすジャーファルに、事細かく説明をすれば、最初は半信半疑であったが、やがて納得したようで、自分の状況を理解した「昨日までの私は二十五……」という言葉と、それから「ご苦労なされたんですね」と同情の言葉が発せられた。一般的な二十九歳だと思うのだが……と心折れそうになりがら、
「わかってくれたのなら良い」
と呟く。立ち上がり、事の成り行きを見守っていた面々に向かって口を開いた。
「今日、非番の奴はいるか」
「あ、はい、俺は休みですー」
「どうだ、子供の扱いは慣れているか」
「まー大丈夫ですよォ。ジャーファルさんほどじゃないけど」
「シャル、子供と同じ目線で遊んであげられるもんねっ」
「……遠回しにバカにしてる訳じゃないよな」
「違うよ。やだなー」
「そういう訳で、今日はシャルルカンと一緒にいろ」
頭をわっしわしと撫で、シャルルカンの方へと体を押すが、すぐさま身を翻し、シンドバッドの背へと隠れた。
「…………シン」
「なんだ、どうした。シャルルカンだぞ?」
「しらない。……誰ですか、あれ」
警戒を帯びた声に一瞬沈黙が流れる。
「え、え、俺俺、俺ですってば!」
「あー、これはお前と出会う前に戻っている、ということなんだろうな……」
「……結構傷つく」
「えっ、じゃあ私もっ?!ね、ね、ジャーファルさんっ、私は?私も知らないの?」
「…………シン、何故この人たちはこんなにも慣れ慣れしいんですか」
幼い眉間に皺が寄る。一切警戒を緩めることなく向けられる視線に、ふたりの眉尻が下がる。そんな様子を見ていると、ヤムライハやスパルトスも声を掛けられないようで、後ろで不安そうに見守るばかりだ。
しばらく唸った後、息を吐き出した。
「マスルールなら大丈夫だろう」
同じく背後で無言のまま立っていたマスルールを手招く。
「ほれ、マスルールだ」
ジャーファルの脇の下に両手を差し込み、持ち上げると、マスルールの方へ差し出した。
「……マス、ルール……?」
ジャーファルは、といえば目の前の男が、記憶にあるマスルールとあまりに違うので困惑しているようだ。首を傾げながら、まじまじと顔を見つめる。マスルールは何も言わず、立っているだけだ。
「何歳ですか?」
「二十歳、っす」

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