Darlin' | ナノ


ひとひらの花(4/5)

今日の昼間。


私と春が未来ちゃん達についている間、お母様には春があらかじめ予約しておいたエステやリフレクソロジーのサービスを体験してもらっていた。


それは、いつも仕事や家の事で忙しいお母様への春からのプレゼントだったのだけど。


「具体的にどんなプランがいいのか、俺にはさっぱり分からないから」


と春に相談された私が、それとなくお母様にリサーチしたりホテルに問い合わせたりしてプランを決めておいたのだ。


今日になってその事を知ったお母様はとても喜んで、私達に何度も『ありがとう』と言ってくれた。







「さっき、母さんに電話しておいたんだ」


昼間のお母様とのやり取りを思い返していた私は、春の声で現実に引き戻された。


「そうなの?」


春の言わんとする所を掴みかねて、私はちょこんと首をかしげる。


その仕草に目を細めた春は、いつもと全然変わらない口調で話し出した。


「ああ‥‥このホテルでは、花火大会の時には中庭にいくつものホテル主催の屋台が出るから」


「だから特等席もいいけど、その屋台巡りをした方が未来達は楽しめるんじゃないかと思って」


母さんも、その方があの子達も喜ぶわねって賛成してくれたし。





ちょっと、待って?


‥‥‥‥ああ、やっぱり春は確信犯だった。


私達は今、このスイートルームにいる。


だけど、お母様も未来ちゃん達も今夜はこの部屋には来ない。


つまり、『今』私達がここにいる事は誰も知らないのだ。


もちろん、私は花火が終わったら家に帰るつもりだったけど。


だけど、春はたぶん最初から‥‥‥?


「‥‥‥‥////」


私の頬がものすごい勢いで熱くなる。


胸の鼓動も、突然早鐘を打ち鳴らしているみたいにドキドキとうるさくなった。

「みのり、イヤ?」


半分以上パニックになっている私に、春があくまでもいつも通りの声と態度で聞いてくる。


「そ、そういう問題じゃなくって!」


どうしようもなく気恥ずかしくて、私がそう言い返した時。


辺りにドーン、という重低音が響いた。


私が驚いて周囲を見渡すと、いつの間にか藍色に染まった空に今夜最初の打ち上げ花火が散っていく所だった。


「ほ、ほらっ‥‥春、花火始まっちゃったよ?」


何とか話題を変えたかった私は、花火を見る振りをして抱きしめられたままの春の腕から抜けだそうとする。


けれどそれより早く、私の体は春にさっきまで以上にきつく‥‥きつく抱きしめられていた。


「‥‥‥ダメ、逃がさない」


「春‥‥」


次々と色鮮やかな花火が打ち上げられる中、春が囁く。


「花火は一瞬で消えてしまうけど、みのりはずっと俺の腕の中にいてくれるだろう?」


「‥‥それ、は‥‥‥」


完全に日が沈んで外が暗くなっていて、本当に良かった。


今、私の顔はこれ以上ないくらい真っ赤になっているはずだから。


「もちろん今夜も、これからもずっと」


「‥‥‥‥うん」


その甘い囁きは、まるで媚薬みたい。


私のすべてが、春への愛しさで熱く溶かされてしまう。


だから、春。


私もあなたの事、ずっと離さないから‥‥ね?







暑い、暑い夏の夜。


一つに重なる二人の影を、次々と打ち上げられる花火だけが照らし出す。


その影は、花火がすべて夜空に消えた後も離れる事はなかった。


「みのり、愛してる‥‥」


その吐息でさえも、愛しくて。


(春‥‥‥‥‥)







誰も知らない夜の闇の中、ただ一人のためだけに咲き誇る花。


永遠に、


ただ一人のためだけに−。



→あとがき
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