Darlin' | ナノ


夏のはじまり(3/4)


「純情少年恋をする、か」


「なっ、純‥‥て、何ですかそれ!?」


俺が携帯をポケットにしまうと同時に、親父がポツリと呟いた。


「何って、お前の事に決まってんだろうがよ」


「う‥‥」


あっけらかんと切り返されて、俺は返事に詰まる。


「彼女からのメールひとつで頬染めるなんざ、ハタチ過ぎた野郎には普通は似合わねぇんだけどな」


「‥‥‥‥‥‥‥」


珍しくからかい口調で、実に楽しそうな親父には反抗するだけ無駄だ。


それを俺は、これまでの付き合いで嫌と言うほど実感させられている。


「すいませんね、俺はどうせ童顔ですよ‥‥‥第一、みのりちゃんはホントに可愛いんだからいいじゃないですかっ」


なかばヤケになって言う俺を、親父はタバコに火を点けながらニヤニヤと眺める。


「可愛いだけの女なんか、業界にはいくらでもいるだろ?」


親父の口が悪いのは、充分に分かっているけれど。


「‥‥みのりちゃんは可愛いだけなんかじゃない! 何に対しても一生懸命だし、時々はものすごく頑固だけど‥‥それでも周りへの気遣いもちゃんと出来る子で‥‥それから‥‥‥‥‥へ?」


ふと気が付けば。


親父は下を向いて、そのゴツイ体は小刻みに震えている。


「夏輝、オマ‥‥ハハハハハ!‥つまり、それだけ彼女にべたぼれって事か!」


あーハラ痛え、青春だなぁオイ!


‥‥‥ちょっと待て、そこの筋肉親父。


これはやっぱり、もしかしなくても。


(‥‥完全に遊ばれてるし)


もうまともに反論する気力も失せた俺は、カップに残っていた冷めたコーヒーを一気に飲み干した。


わざと音を立ててカップを置く俺を、親父は面白そうに見ている。


つまり端から見れば、とんでもない悪人面って事だ。


「だいだいメールのやり取りしてりゃ、俺だってそれくらい分かってるってんだ」


「‥‥‥‥ハ、イ?」





なあ親父‥‥今、サラっと爆弾発言しなかったか?


‥‥‥‥‥‥した、よな?


っていうかメールって「誰」と「誰」がしてるって!?


「‥‥‥‥‥」


ものすごく嫌な汗が俺の背中を流れていく。


ところが、こんな時に限って親父はタバコを灰皿に押し付けて消した後、さっさと立ち上がってしまう。


「さてと、そろそろ仕事に戻るかな」


そのまま本当に部屋を出て行こうとする親父。


「ちょ‥ちょっと待って!‥さっきの、メールって‥‥‥」


なのに親父は、パニクる俺の言葉を例の悪人面であっさり遮った。


「お前も早く次の仕事に行けや‥‥みのりちゃんが待ってるんだろ?」


「〜〜〜〜〜っ!」





夏はまだ始まったばかり。


ライブも、みのりちゃんとの恋も。


『今年の夏はとびきり暑くなる』


その予感は、きっと現実になるだろう。


‥‥‥何となく、そう思った。




→あとがき


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