私の好きなヒト(3/7)
今、俺の目の前には、思いもよらなかった光景が広がっている。
「みのりちゃん―?」
春がプロデュースしている歌手であり、タレントでもある。
俺を始めJADEのメンバーとも仲がいい。
芸能界にスカウトされる位だから、顔も可愛いけど何より、いい意味で芸能界に染まっていない所がさらに可愛い。
気づいた時には、これまでずっとJADEの音楽に没頭してきた俺自身にとっても、特別な存在になっていた。
だけどそんなみのりちゃんが、なんでこの店にいるんだ?
しかも、変装もしていない、素顔で。
今、彼女は店のカウンターテーブルにたくさんのスコアを並べて、この店の〈例の〉親父を相手に、満面の笑顔で談笑している。
いや、みのりちゃんはいいんだ。
俺と仕事で一緒になった時だって、あんなに可愛い笑顔は滅多に見られないし。
問題は……………。
「ハア……」
何となくゲンナリした気分になりながら、視線を動かす。
みのりちゃんとはテーブルをはさんで向かい側に座る親父。
昔、バンドでドラムをやっていたという、筋肉のカタマリのような縦にも横にもデカイ体にスキンヘッドのいかつい顔。
ていうか、クリスマスが目前のこの時期に、半袖Tシャツ一枚ってありえないだろ?
俺だって昔、初めて親父に会った時は、確実にヤバイ系の人だとカン違いしたくらいだし。
愛想笑いで、子供をマジ泣きさせた逸話は数知れず。
そんな親父とみのりちゃんが並ぶと、まさに美女と野獣。
あまり、いや非常に精神上よろしくない光景だ。
それから………。
「夏輝か? 何やってんだ、オマエ」
店の外でボー然としていた俺に気づいたんだろう。
我に還ると、親父が入口のドアを開けて体を半分乗り出して俺を見ていた。
「ずいぶん久しぶりじゃねぇか。………オイ。まさか店の前を通っただけなんて言わねえよなぁ。アァ?」
見かけを裏切らない、ドスの効いた低音。
「ハハ……ホント、久しぶり…」
俺はもう、力無く乾いた笑いを返す事しか出来なかった。
………今なら、蛇ににらまれたカエルの気分がよく分かりそうだな………。
何となく、そう思った。
親父の後について店に入って行くと、みのりちゃんはしまった、という感じで慌ててテーブルの端っこに置いていた変装用らしき眼鏡をかける。
その慌てっぷりがまた可愛くて、俺は笑いながら帽子を取った。
「大丈夫だよ、みのりちゃん。俺だから」
まさかここで会えるとは思ってなかったけど。
にっこり笑いながら、みのりちゃんの、ビックリしている様子を眺めた。
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