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幸せを奏でる瞬間(とき)(2/6)




「あの…来週の……7日の神堂さんのスケジュールを教えていただけませんか?」


翌日、収録に訪れたテレビ局の廊下で夏輝さんを見かけて思わず駆け寄った。


突然呼び止めた私を見て夏輝さんは一瞬驚いた顔をして、そのあと目を細めてフッと笑った。


「…7日、ね。確か夕方には仕事終わるはずだよ」


その言葉を聞いてほっと息を吐き出した。


「じゃあ、夜はお仕事終わってるんですね。教えてくれてありがとうございます」


夜なら逢えるかもしれない…


そう思ったらだらしなく頬が緩んでいくのがわかって、お礼を言いながら顔を隠すように深く頭を下げた。


私の様子に気づいたのか、夏輝さんがくすっと笑って頭を軽く撫でる。


「誕生日か…ちょっと春が羨ましいな」


まるで私の気持ちを見透かしたような夏輝さんの言葉がなんだかくすぐったくて、言い訳するようにぼそぼそと話し始めた。


「あ、えっと…恥ずかしんですけど、神堂さんの誕生日を昨日知ったばかりで…」


そう言葉に出したら自分の至らなさを露呈しているみたいで、情けなくなって胸がぐっと詰まる。


でも話し出した言葉は止められなくなっていて、私は夏輝さんの顔も見ないまま話を続けた。



「…だから私、仕事のスケジュールも何も聞いてなくて…

それに神堂さんが欲しいものとか喜びそうなものも知らないし

どんな風にお祝いしたらいいのかもわからないんですけど……」



だんだん小さくなる声と床に落ちていく視線。


言葉を出すたびに情けない気持ちがじわじわと湧き上がってきて声が震えそうになる。



「でも特別な日なので…なにかしなくちゃって…」



自分でも何を言ってるのかわからなくなってきて、とうとう言葉を紡げなくなった私はきゅっと唇をかみ締めて俯いた。




(こんなこと夏輝さんに言うなんて…私どうかしてる…)


「…ぁ……私、なんでこんなこと夏輝さんに……

すみません、今の忘れてください」


無理に笑顔を作って顔を上げる。


自分でもうまく笑えてないと思う表情は、視線がぶつかった夏輝さんを苦笑させていた。


「あのさ…みのりちゃんと春は何か貰うために付き合ってるわけじゃないでしょ。大切なのは気持ちじゃないかな?」


「……気持ち…ですか?」


夏輝さんの言葉がストンと胸に落ちていく。


(そっか…私だって神堂さんに何か買って欲しいわけじゃない…)


何を買ったら何をあげたら喜ぶのか、そんなことばかり考えていた自分が恥ずかしくなる。



お祝いしたいと思う気持ちが大事ってことだよね…



「夏輝さん、ありがとうございます。私、自分に出来ること考えてみます!」


夏輝さんの一言で、落ち込んでいた私の心はすっかり晴れてしまった。


そんな自分は本当に単純でまだまだ子供なんだなぁと思ったら、可笑しくなって笑いがこみ上げてきた。


「…私って単純すぎますよね」


くすくす笑いながら夏輝さんに同意を求めたら、夏輝さんの手が肩にぽんっと乗せられた。


「やっぱりみのりちゃんは笑ってる顔が似合うね。

それに、何にでも一生懸命なところもいいところだと思うよ?」


優しく微笑んだ夏輝さんの表情と手の温もりになんだか背中を押された気分だった。


「春も、みのりちゃんが祝ってくれるなら何でも喜ぶよ」


そう言って夏輝さんは時計を見た。


「やばっ…俺、そろそろ戻らなくちゃ。それじゃまたね」


歩きかけた夏輝さんが立ち止まって、顔を少し寄せると人差し指を唇の前に立てた。


「あ〜、今の話…春には内緒ね?」


「え?内緒ですか?」


「そっ、俺まだ命は惜しいんだよね」


きょとんとする私にクッと小さく喉を鳴らして、「じゃあね」と手をあげて夏輝さんは急ぎ足で去っていく。


(よくわからないけど内緒なんだ。…命が惜しいってなんだろう?)


遠ざかる夏輝さんの背中を見送りながら、私はぼんやりと神堂さんの顔を思い浮かべていた。



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