Bakumatsu | ナノ


今日も今日とて(1/1)


長州藩邸での、とある日の八つ時


「いって――っ!!箪笥の角に小指ぶつけたー!」



「「‥‥‥‥‥‥」」


高杉さんが藩邸中に聞こえるような大声を上げるのに、私と桂さんは顔を見合わせてため息をつく



「晋作‥‥‥‥どうしたらそんなに頻繁に、小指ばかりをその箪笥にぶつけられるんだい?」


「そうですよ、高杉さん!いつかホントに指が取れちゃいますよ?」


「全くだね」


うんうん、と生真面目な顔で頷く桂さん






いやはや、慣れとは実に恐ろしいもので


湯飲み茶碗を片手に、どこまでも冷静な私と桂さん


そんな私達を高杉さんはキッと睨みつける



「うるさいっ!‥‥お前ら、これがどれだけ痛いか知らないからそんな事が言えるんだっ!」



「いや、想像は難くないよ?」


一切の反論を許さない、その完璧な笑み


「けれど残念ながら、ぼくとはづきさんはそれを体験する機会には全く恵まれなくてね」



(うわあ、何か今日の桂さん、いつも以上に容赦ない‥‥)


あくまでも涼しい顔の桂さんに、高杉さんが眉をつり上げる


「言ったな、小五郎!‥‥‥だいたい、この箪笥がこんな所にあるのが悪いんだ!」


「‥‥だったら模様替えとかしてみたらどうですか?」


「「‥‥‥‥‥‥」」


「え?」


カッコーン!


‥‥‥‥庭のししおどしの音がやけに大きく響いた








そして数刻後


ぱんぱん、と手に付いた埃をはたいて部屋の中をぐるりと見渡す


「だいぶすっきりしましたね!」


達成感に溢れる口調の私の頭を、桂さんがポンポンとしてくれた


「そうだね‥‥女性のはづきさんにまで手伝わせてしまってすまなかったけれど」


「いえそんなっ!気にしないで下さい!」


途端に赤く染まっていく頬を隠そうと俯いた私の耳に、


「そんな所も可愛らしいね」


底無しに甘い囁きが注がれる


「//////」






「‥‥‥‥‥‥おーい」






「だけど、これでもう高杉さんの絶叫が藩邸に響く事はないんですね!」


「ってこら、はづき!そこは俺が痛くない事の方が重要だろう!‥‥‥‥最近のお前ら、俺に冷たいぞ!」



「そうかな?」
「そうですか?」


私と桂さんの間に割り込むようにして声を張り上げる高杉さんに、私達は目を細めた





そして翌朝


「いって――っ!!箪笥の角に小指ぶつけたー!」



‥‥‥‥‥‥‥‥今朝の叫び声がいつもより三割増しくらいに聞こえるのは、何でだろう


「ねえ、桂さ‥‥‥」


同意を求めて見上げた私は、中途半端な姿勢で固まってしまう







「昨日の我々の労力は一体‥‥‥‥‥‥‥こうなったらもう、箪笥が先か小指が先か‥‥‥‥」


ゆらり、と音もなく立ち上がる桂さん


「か、桂さん!?‥‥‥‥高杉さん、逃げてー!!」



「はづき?お前なあ、この足で走れるわけ‥が‥‥‥‥‥‥‥ぎゃああああっ!」



長州藩邸は今日も平和です‥‥‥‥‥多分






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