初春月の空に咲く(1/3)
新年が明けてから、二十日
俺がこの世に生まれ落ちた日は、比較的暖かかった前日までとは打って変わって、この冬一番の厳しい冷え込みとなった
***
朝から吹いていた風も止んで、静かになった昼下がり
寺田屋の庭で剣の稽古を終えた後、俺ははづきと縁側で一服していた
いつの間にか二人の日課となっていたこの時間
特にこれといった話をする訳ではないが
『はづきが俺の隣にいてくれる』
ただそれだけで、人斬りとして日々張り詰めている心が自然と凪いでいくのが自分でも分かった
(まったく‥‥‥俺はいつの間にこんな心の奥まではづきに捉われてしまったんだ?)
それでも不思議と、嫌悪感は微塵も感じられなくて
それどころか俺は―――
湯呑みに口を付けながら、隣に座るはづきをちらりと見遣る
今日のはづきは、以前女将から貰った着物ではなく、年頃の娘らしく薄桃色の新しい着物を着ていた
そして、軽く結い上げた明るい色の髪を飾るのは、小間物屋で一目惚れしたという赤い花飾りのついた簪
そよかな風にはづきの後れ毛がさらりと揺れる
「‥‥‥‥っ」
腹の底から今まで感じた事のない感情が沸き上がってきて、俺は湯呑みに残っていた茶を一気に飲み干した
だが、そんな俺の葛藤を知る由もないはづきは、俺のすぐ隣で無邪気に笑う
「ねえ、今夜は以蔵の誕生パーティーやるから楽しみにしててね!」
「ぱあてぃ? ああ、確か未来の言葉で宴の事だったか」
「プレゼント‥‥‥誕生日祝いの贈り物もちゃんと用意してあるんだよ?」
「それは楽しみだな」
「ふふっ」
俺よりよほど楽しそうに『ぱあてぃ』について語るはづきの笑顔に、ついつい頬が緩む
(全く、これでは誰の為の祝いだか分からんぞ?)
「ねぇ以蔵、聞いてる?」
「ああ」
でも、こうしてはづきを独占出来るなら誕生日も案外悪くない
心からそう、思った
だが、人の心とは貪欲なもので
ささやかな幸せを享受するのと同時に、心の奥底でずっと抑え込んできた感情が頭をもたげる
.
[←] [→] [back to top]
|