紅に染まる恋心(1/3)
しばらく続いた雨が上がって、数日ぶりの快晴となった神無月の半ば
私と以蔵は武市さんに頼まれたお使いを終えて、寺田屋に戻る途中だった
「わあ、こんな所にこんな穴場があったんだ‥‥!」
昼でも暗い、鬱蒼とした森を避けて二人で立ち寄った、古いお寺
そこは町の中よりも高台に建てられている為か、参道も階段状の長い坂道になっていて
その両側を埋める、見事な紅葉の向こうには京の町を見渡す事が出来た
「おい、そんなに走ると‥‥」
「ねえ以蔵、寺田屋も見えるかな? ――きゃっ!?」
「はづき!?」
足元の小石につまずいた私の腕を、以蔵が慌てて引き寄せる
「あ‥‥」
ザザザっと、一握りの砂利が階段脇の斜面を勢いよく転がり落ちていったのに、今更ながらゾッとした
と、次の瞬間
「この馬鹿! そんなに身を乗り出す奴があるか! 万が一転がり落ちたら俺でも助けられんぞ!‥‥まったく、油断も隙もない」
「ご、ごめんなさい」
頭に軽い衝撃を感じるのと同時に、以蔵のカミナリが落ちた
(うう、またやっちゃったなあ)
反射的に身を固くした私は、そっと息を吐こうとした、のだけれど
「え、あの‥‥!?」
ふと気が付けば
以蔵の逞しい腕が背後から腰の辺りにしっかりと回されていて、驚いた私が一歩後ずさると今度は以蔵の体に阻まれる
「ちょっ、‥‥‥以蔵!?」
「こら、動くな」
「な‥‥‥っ」
その声音は男女の睦言というよりは、幼子に言い聞かせるそれに近い
それでも、私の心臓はそんな事お構いなしに高鳴って、頬もどんどん熱くなっていく
「こうしてちゃんと捕まえていないと、はづきはすぐに俺から離れていってしまいそうだ」
その言葉に、私の体の奥がカッと熱くなる
「わ、私はそんな事しないよ!」
「分かってる‥‥それに、別にはづきを疑っている訳でもないから安心しろ」
「‥‥ならいいけど」
腰に回った腕とは逆の手で、今度はあやすようにまた頭をポンポンと叩かれる
「しかし、やっとはづきを手に入れたのに、一番手ごわいのが、まさか本人だったとはな‥‥だが、負けはせん」
その呟きはあまりに小さくて
「え? 以蔵、今何て言ったの?」
「いや、何でもない」
それきり口をつぐんでしまった以蔵は、意味深な笑みを浮かべて、私の体を抱き留めている腕に更に力を込めた
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