Bakumatsu | ナノ


幸福進化論(1/2)




手入れの行き届いた藩邸の庭は、日増しに緑が濃くなってくる



頭の上に広がる雲一つない空はどこまでも青く透き通っていて


―――その眩しさに、私は目を細めた







「あっ、はづき! こんな所にいたのか、探したぞ!」


「晋作さん?」


朝餉の後片付けと部屋の掃除を一通り終わらせた後


縁側に腰を下ろして庭を眺めていると、廊下の向こうからドスドスと足を踏み鳴らしながら晋作さんがやって来た


「おう、俺様みたいないい男が二人といるもんか!」


「‥‥‥っ」


すぐ隣に腰を下ろしてお日様みたいな笑顔で笑うその姿に、私の心臓がドクンと大きな音を立てる


(も、もう‥‥こんな不意打ち反則だよ‥‥‥‥って、あれ?)


こちらも赤くなっているだろう頬を押さえようとした手がはた、と止まった


「おい? どうかし‥‥」


「晋作さん!!」


「お、おわぁっ!?」


勢いよく向き直った私に驚いて、晋作さんはその場で後ろにひっくり返ってしまう


「なっ!? はづき? お前いきなり何を‥‥」


転がったままで口を尖らせるのをぴしゃりと遮る



「何を、じゃありません!! 今日は大事な会談がある日でしょ!? それなのに、長州のカシラがこんな所で何やってるんですか!!」







『彼には以前から会談を申し込んでいたんだけれど、それが今日ようやく実現するんだよ』



今朝、桂さんが朝餉の席でそう言っていたのに、晋作さんはなぜか気が乗らない様子で生返事ばかりしていたっけ



(だからって、だからって‥‥‥!)


立ち上がった私は両手を腰に当てて、仁王立ちになる



ところが


「‥‥ふ‥‥はは‥‥‥‥あははははっ!」


その様子をポカンと眺めていた晋作さんは、やがておかしくてたまらないというように笑い出した


「本当にはづき、お前って女は‥‥‥」


「ちょっ、晋作さん!?」


「第一、その事だったら‥‥‥‥別に忘れている訳じゃないしな」


「え? ‥‥きゃっ!」


武骨な腕が、呆気にとられている私の手を掴んでぐいっと引き寄せる


鍛え上げられた胸板に密着する格好になって、慌てて腕をばたつかせてみたけれど


もちろん、そんな事で動じる晋作さんじゃない


「こら、暴れるな!」


「‥‥‥‥‥っ」


背中に回された腕の中、私は身動き一つ出来ないくらいにきつく抱きすくめられる



「‥‥‥‥安心しろ、俺がこうしているのは、小五郎だって承知の上だ」


「えっ?」


その言葉に見上げた晋作さんの顔は、真剣そのものだった






「あの男、これまで散々焦らしてくれたのが今になって急に会談に応じると言ってきたからな‥‥俺達としてはその真意を探りたくもなるってもんだろう」


その為に、まずは桂さんが一人でその人と相対する、という段取りに最初からなっていたらしい


「‥‥そう、だったんですか」



晋作さんの大きな手が、そっと私の髪を撫でていく


どこかぎこちない指先のいつにない優しさに、私は恥ずかしくなって身をよじった





―――言われてみれば


いくら晋作さんだって、そんな内情でもなければ大事な会談の直前にふらふら出歩くはずもない



晋作さんの人となりを考えれば、すぐに分かる事なのに


(私、まだまだだなあ‥‥)





この時代に残ると決めた時


その時は、晋作さんと一緒にいられたら、もうそれだけで充分だって思ってた


だけど『二人で生きていく』為には、きっとそれだけじゃダメなんだ


(私は‥‥‥)




私がうなだれていくのに気づいたらしい晋作さんが、喉の奥で楽しそうにクックッと笑う


「? 晋作さ‥‥」


「しかしあれだな、はづきも俺の嫁だって自覚が出来てきたって事だな! そうだろう?」


「!」


私の心の中を見透かしたようなその言葉に一瞬で赤面すると、晋作さんは嬉しそうに私の頬を指でつついた


「お? 何だ、図星か?」


「‥‥‥ち、違います!」


「な、何だと? おい、はづきー!?」


一転して、今度は盛大にむくれる晋作さんを宥めながら、私はこらえきれずに笑ってしまう




――――きっと、本当は違わないんだろうけど、素直に認めてしまうのも何となく面白くないし


(そんな風に思っちゃうのは、晋作さんの影響なのかな?)


それは、これまで二人で過ごして来た幸せな時間の確かな証




でも私は―――これからも、晋作さんの隣で、晋作さんと同じ景色を見ながら一緒に歩いて行きたいと思うから





ねえ、晋作さん

こういう『幸せ』の形もあり、だよね?





―終―

⇒あとがき

.

あとがきです


この夢は、素敵同盟 「晋作‘s BAR」様主催企画『陶酔恋慕』参加作品です^^


選んだお題は「幸福進化論」


私は普段、夢を書き終えてからタイトルを‥‥というのがほとんどなので最初はちょっととまどいました


それでも晋作さんの笑顔に癒され釣られ惑わされながら、何とか出来上がったこの作品(爆)←


他の皆さんの素敵作品の中では微甘もいいところですが、いかがでしたでしょうか?



拙い夢ですが、ひととき楽しんでいただけたら嬉しいです






110810.


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