おぼろ月夜に咲く花は(1/3)
日はとうに沈み、今はおぼろげな月が京の町を照らしている。
ともすれば雲に隠されてしまうその姿が、今日に限ってどうしようもなく私の心を掻き乱す。
「‥‥‥‥‥‥」
薩摩藩邸内の自室で書物と向かい合っていた私は、短く息を吐いた。
今宵はどうにも気分が落ち着かぬ。
まさか月ごときで私がここまで千々に心乱すとは。
窓の外、天頂に浮かぶ月は何も語る事はない。
だが。
(‥‥この予感、よもや事が起こる前兆ではあるまいな?)
心中で呟いて皮肉気に口許をゆがめたその時、突然藩邸内の静寂が打ち破られた。
「‥‥?」
庭の方で慌ただしく人が行き交う足音がする。
何事か叫んでいるのは、あれは門番の男か?
あいにくこんな夜更けに吉事が舞い込んだと考えられるような、めでたい頭はしていない。
「やはり、凶事の前触れだったな」
もう一度嘆息して立ち上がり、縁側に通じる障子を勢いよく引き開ける。
すると廊下の向こうから、一人の藩士が大慌てでこちらに駆けて来る姿が見えた。
「大久保様っ!」
「騒々しい!いったい何事だ?」
厳しく誰何する声に、傍らにやって来た藩士が片膝をつく。
「ご報告申し上げます!さ、先ほど藩邸の門前に‥‥‥‥!」
藩士の口から語られる言葉に、目を見開く。
(‥‥寺田屋が、新撰組に襲撃されただと?)
「現在、子細を確認しておりますが‥‥」
「小娘一人だけがこの薩摩藩邸にやって来たという事が、何よりの子細であろう!」
動揺を隠しきれない藩士の煮えきらぬ言葉を途中でさえぎり、身を翻す。
「大久保様!?」
「小娘は今どこにいる?」
慌てて追いかけてくる藩士をチラと見遣り、短く問う。
月は、いつのまにか雲間にその姿を隠そうとしていた。
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