君待恋歌(1/2)
気の早い太陽が西の空に沈んだ後
僕は急ぎ足ではづきの部屋へと向かっていた
「うわ、すいませ‥‥え、桂さまっ!?」
「悪い、急ぐんだ」
危うくぶつかりそうになった藩士がいつになく焦った様子の僕に目を丸くしたけれど、それでも僕の足は止まらない
(はづき、一体どうしたというんだ?)
はづきがこの時代に、僕と共に在りたいと決断してから数ヵ月
最近の彼女は、藩邸内の雑事や療養中の晋作の世話も率先してこなしてくれている
そしてそれらの合間を見つけて奇兵隊の訓練に参加するのも珍しくない
けれど訓練の後部屋に着替えに戻ったきり、夕餉の刻になっても姿を見せないなんて事は初めてだった
(もしや体調が優れないのだろうか?)
しかし訓練の時の元気一杯なはづきを見ているだけに、それも考え難い
ならば――こちらも近頃はづきの日課になりつつある――夕餉の前に晋作の部屋に立ち寄って、そこで足止めされているのか、とも考えた
しかし当の晋作はと言えば
『くっそう、はづきの奴! 今日はどうして俺様に会いに来ないんだ!』
とむくれて、布団に潜り込んで丸まっている始末
「いいか小五郎、はづきはお前だけのものじゃないんだからな!」
「晋作のものでもないだろう?」
「うるさーいっ!! 俺が退屈で死んだらはづきのせいだぞ!」
「‥‥‥‥‥‥」
もはや完全な八つ当たりである
―――面白くない
全くもって面白くないが、せっかく病状が落ち着いてきているのにここで下手に刺激して興奮させるのも良くないだろう、と己に強く言い聞かせる
‥‥‥‥‥今更過ぎる気も多いにするが
晋作の部屋を辞した僕ははづきの姿を探して、再び歩き出した
「まったく‥‥、晋作にも困ったものだな」
視線だけを周囲に巡らせながら、一人ごちる
僕とはづきが想いを通わせた後も、あいつの彼女への態度は変わらなかった
いや、それは何も晋作だけに限った事じゃない
僕は頭の中に、何人かの恋敵の顔を思い描いてみた
(‥‥‥‥‥‥はあ)
いずれも侮る訳にはいかない、しかも諦めの悪い面々ばかりであるのに少々げんなりする
そして当のはづきは、周囲の男逹が自分をどう見ているかなど、全く気づいていない
ゆえに、僕の気苦労はいやがおうでも増していくという筋書が出来上がるのだ
『いっそ今すぐに、彼女のすべてを僕だけの物にしてしまいたい』
時には、彼らを前に屈託なく笑うはづきに対してそう思う事すらある
(本当に、僕がこんなに貪欲な男だと知ったら‥‥はづき、君は一体どんな顔をするだろうね)
―――――もちろんはづきにもいずれは受け入れてもらうけれど?
僕の口許が少々人の悪い笑みを刻んだのを、君は知らない
⇒あとがき .
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