恋ひぞ積もりて(3/4)
『無事に縫い上がるまで、半平太さんには内緒にしておこう』
そう思っていたのに。
「はづき、それは?」
「あ、ええと‥‥‥‥」
半平太さんは私がとっさに胸に抱え込んだ生地と、畳の上に置いたままの裁縫箱を順に見る。
「別に裁縫をしていた事くらい、隠す必要はないだろうに」
それはそうなんだけど。
「あっ‥‥!」
どう説明したらいいのか考えあぐねている間に、半平太さんは私の真横にやってきて私の肩をギュッと抱き寄せた。
そして、腕の中に捕らえた私の抱えている生地に指先で触れながら口を開く。
「この色合いは男物か‥‥‥‥僕に言えないって事は、はづき‥‥まさか龍馬逹にって事はないよね?」
「なっ!?」
(どうして?どうしてここで龍馬さんの名前が出て来るの?)
半平太さんの腕の中で、抱き寄せられるままになっていた私の体に力が込もる。
「そんな、ひどい!私は半平太さんのためにずっと頑張って‥たの、に‥‥って‥‥‥は、半平太さん?」
カッとなって顔を上げた私の視線の先で。
なぜか半平太さんは肩を震わせて笑っていた。
「‥‥‥‥‥‥あの?」
「ああ、すまない」
恐る恐る声をかけると、やっと笑いを納めた半平太さんは私の頭にその掌で優しく触れてくる。
「大丈夫、誰も最初から疑ってなんかいないから安心しなさい‥‥それにしてもはづき,君は本当に心根のまっすぐな女性だよね」
‥‥‥‥ええと、それはつまり。
「私はカマをかけられたって事ですか?」
呆然とする私に、半平太さんはにっこり笑って言い切った。
「はづき、君が僕に隠し事なんて本当に出来ると思ったのかい?」
「‥‥‥‥半平太さんっ!!」
頬を膨らませて胸を叩く真似をする私の腕を、半平太さんが掴む。
「はづき」
その手に痛くない程度に力が込められるのを感じて、私は半平太さんの顔を見上げた。
(あ‥‥‥‥)
その瞳にはすでにからかうような光はいっさいなくて。
今、まっすぐに私を見つめる半平太さんの瞳に宿るのは―――。
「はづき」
もう一度名前を呼ばれて、私はゆっくりと瞳を閉じる。
私が体の力を抜いて半平太さんの胸に寄りかかるのとほぼ同時に、私逹の吐息が重なる。
(半平太さん‥‥‥‥)
私逹が祝言を挙げるのは、この日からちょうど一年後の事だった。
―終―
⇒あとがき
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