在り続ける幸福(3/5)
(結局、慎ちゃんはあの時何て言おうとしてたんだろう?)
寺田屋で一人過ごしながらいくら考えてみても、慎ちゃんが何を言いたかったのか、私には見当もつかなくて
「やっぱり気になるなあ‥‥‥帰ってきたら、私から聞いちゃおうかな?」
もちろん、それは『後で』の話
返事なんて期待していない、小さな呟きだったんだけど
「へえ、何を聞くんスか?」
「え? あ、慎ちゃん! お帰りなさい!」
驚いて声がした方を振り向くと、開けっ放しになっていた入口から慎ちゃんが私の部屋に入ってくるところだった
「姉さん、ただいま帰ったっス」
「随分早かったんだね、他の皆はまだ誰も‥‥って、慎ちゃん、何でそんなに汗かいてるの? 何かあったの!?」
ところが、思わず駆け寄ろうとした私を手で制して、慎ちゃんは一歩後ずさる
「あ、それは‥‥」
そこで言葉を切った慎ちゃんは、何度か逡巡するように目を走らせてから大きく息を吸った
「慎ちゃん?」
「その‥‥‥俺がこうして急いで帰って来たのは、姉さんにこれを渡したかったからで‥‥‥」
そう言って、私の前に突き出された慎ちゃんの手には数本の花―――
それは何処かに自生していたのを摘み取ってきたらしく、鮮やかな緑の葉と桃色の花を付けていた
「これって‥‥」
「萩の花っスよ」
「萩って、秋の七草の? お月見の時に薄と一緒に飾る、あの花?」
「あ、何だ‥‥姉さんも知ってたんスね?」
からかうようなその口調に、むうと頬を膨らませる
「もう、私だって花くらい知ってるよ! ‥‥名前だけだけど」
最後に小さく付け加えると、慎ちゃんはプッと吹き出した
「そこで正直に言ってしまうのが、姉さんらしいっスね」
「慎ちゃん、それ褒め言葉だよね?」
「え? それは、まあ‥‥‥‥多分」
明らかに目を泳がせる慎ちゃんに、私は一気に詰め寄る
「慎ちゃんの意地悪!!」
「わ‥‥ちょっ、姉さん! 暴力反対っスよ!」
「慎ちゃんのせいでしょ、もう!」
ぽかぽかと慎ちゃんの肩を叩く真似をすると、慎ちゃんは楽しそうに笑いながら逃げ回る
いつしか私もおかしくなってきて、気付けばすっかり暗くなった部屋の中で慎ちゃんと二人、秋の月明かりに照らされていた
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