巡り逢う時のなかで(2/3)
「ん‥‥‥‥?」
ふと気づけば
この部屋の入口、閉じられた襖の向こうに人の気配がある
「‥‥‥‥‥‥‥」
それは襖の前を右に行っては戻り、左に行ってはまた戻る、を幾度か繰り返していた
時折立ち止まっているのは‥‥‥‥何か逡巡でもしているのだろうか?
「ふっ」
知らず、僕の口元がほころぶ
その気配が誰の物かなど、今さら探る必要もない
胸の内に広がる甘やかな感情のままに呼び掛けた
「はづきさん、そこにいるのだろう?」
だが次の瞬間
「えっ!? た、武市さん?」
僕に気づかれているとは思っていなかったらしいはづきさんの驚く声と同時に、何やらガタガタッという賑やかな音がして
それから
「ああっ!」
という叫び声の後に、一転してシンと静まり返る廊下
「‥‥‥‥‥‥はづきさん?」
「あ、いえ‥‥‥何でもないんです! 本当に大丈夫ですから、武市さんは気にしないで下さい!」
僕の呼び掛けに応えるように、途端にばたばたと騒がしくなる廊下
(いや、はづきさん自身が既に『大丈夫』ではないような‥‥‥)
心中で突っ込みながらもくっくっと、堪え切れぬ笑いが込み上げる
どうやら僕には、感傷に浸る暇など与えてはもらえないらしい
だがそれでこそはづきさんらしいと思うのは果たして『惚れた弱み』だろうか?
僕は、ちょっとした悪戯心から音を立てないように歩み寄った入口の襖をそっと引き開けた
―――その日の深夜
「はづきさん」
「‥‥‥‥はい」
「覚悟は出来ているだろうね?」
「う‥‥」
僕の部屋で、いささか頼りない行灯の明かりに照らされたはづきさんの横顔はシュンとしょげている
その様子が思いの外可愛らしくて、すぐ向かい合いに正座している僕は思わず緩みそうになる頬を意識して膨らませた
敢えて低い声で簡潔に問う
「――――何か不満でも?」
「‥‥‥‥‥っ」
弾かれたようにプルプルと首を振る仕種が、僕の保護欲を刺激する
やはり彼女と在る限り、僕に感傷に浸る暇などはないらしい
―終―
⇒あとがき
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