ぬくもりから伝わる想い(1/2)
ある日の午後、私と以蔵は武市さんのお使いで長州藩邸に向かっていた。
実を言えば藩邸に‥‥というか高杉さんや桂さんに用があったのは、武市さんに使いを命じられた以蔵だけだったんだけど。
今日は他のみんなもそれぞれの用事で出掛けてしまう事を知った以蔵が、私の部屋までやって来て
「俺と一緒に来い」
と誘ってくれたのだ。
「え、でも‥‥‥‥」
「何だはづき、何か不都合でもあるのか?」
即答できずに戸惑いの表情を浮かべた私に、以蔵が怪訝な顔をする。
(不都合っていうか、今日はもう一人で過ごすんだって完全に思い込んでたんだもの)
私も以蔵と一緒にいられるのは嬉しい。
ものすごく嬉しい‥‥けど。
「以蔵は武市さんの大事な用で藩邸に行くんでしょ?‥‥‥‥その、私が一緒に行ってもいいのかな?」
おずおずと口にした私に、以蔵が破顔した。
「何だそんな事か」
「そ、そんな事って‥‥‥‥!」
「はづき」
頬を膨らませた私の頭を、以蔵の大きな手が優しく撫でる。
そして、スッと真剣な顔になって私の目をまっすぐに覗き込んできた。
「‥‥‥‥っ」
突然の急接近に心臓がドクンと大きく脈打つ。
思わず体を引こうとしたけれど、私が以蔵の力に叶うはずもない。
「俺ははづきを守ると決めたんだ‥‥それにははづきにも俺の傍にいてもらわなきゃならない」
「以蔵‥‥‥‥」
そう呟いたきり何も言えなくなった私は、しばらく以蔵と至近距離で見つめあっていた。
が、不意に以蔵の顔が赤くなったかと思うとプイと顔を逸らされてしまう。
「‥‥‥‥それに、俺もはづきが傍にいてくれた方が心が安らぐからな」
「え、今何て言ったの?」
以蔵の声が小さくてよく聞き取れなかった。
「な、何だっていいだろう!」
しかも見るからに焦って、いつもより早口になってるし。
「えー、余計気になるよー?」
「‥‥いいから、さっさと行くぞ!」
口を尖らせて顔を覗き込もうとすると、グイっと手首を捕まれてしまった。
「きゃあっ!もう、以蔵ってば乱暴なんだから‥‥」
「うるさいっ!」
以蔵に強引に手を引かれながら私達は玄関へ向かう。
その途中で、彼の耳が髪と同じくらい真っ赤に染まっているのに気がついてしまった。
(以蔵も、私と同じくらいドキドキしてるのかな‥‥)
胸の中がふんわりあったかくなった。
出会ったばかりの頃は以蔵の事を「怖い」と思った時もあったけど、最近は彼の何気ない仕草にもドキドキしてしまう自分がいる。
今繋いでいるこの手は、じきに離されてしまうだろう。
だけど。
だけど、今度は私から傍に行っていいんだよね?
以蔵もそうして欲しいって言ってくれたよね?
そんな事言われたら‥‥私、期待してもいいの?
心の中で、何度も何度も問いかける。
置いていかれないように早足で歩きながら見上げた以蔵の背中は、とても広くて大きかった――――。
―終―
⇒あとがき
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