陽の当たる場所〜Session.4〜(1/4)
〜龍 side〜
夜の空気は予想していた以上に冷たくて、俺は無意識に首を竦める
「ふう、すっかり遅くなっちまったな」
晋平と別れてマンション近くでタクシーを降りた時には、既に午後11時半を回っていた
さすがにこの時間になると、住宅街は行き交う人の姿もなくシンと静まり返って
俺の足音も、冷たい秋風にすぐに掻き消されてしまう
「着信もメールもなし、か‥‥」
歩きながら携帯電話を取り出した俺は、いつもと変わりない液晶画面を眺めて嘆息する
バーを出る時、ちとせにはメールを送っていたのだが、いつまで待ってもちとせからの返信はなかった
(どうかしたのか? あ、まさか‥‥)
脳裏に、ここ数日帰宅する車の中で疲れきってウトウトしていたちとせの姿が思い浮かんだ
「そっか、さすがにもう寝てるよな‥‥」
最近のトロイメライの、特にちとせの過密スケジュールを考えれば、それも仕方ないだろう
それでも、ここ数日は新曲の練習をメインにしていたし
俺達も一日中同じスタジオで過ごして、夜も俺の車で一緒に帰るという生活が続いていたから
(久しぶりにちとせに「龍、お帰りなさい!」って出迎えてもらえるの、実は結構楽しみにしてたんだけどな‥‥)
ちとせが聞いたら、どうにかして起きていようと頑張ってしまうのが分かっているから、口には出さない
―――だけど、その‥‥そういうのってまるで『家族』みたいで、何かいいよな
ちとせと暮らすうちに、いつの間にか自然とそう考えるようになっていた
「‥‥‥‥‥けじめ、か」
もしかしたら、今夜の晋平の言葉はいいキッカケになるかもしれない
上着のポケットに携帯をしまってから、足を止めてちとせと暮らしているマンションを振り仰いだ
「‥‥‥‥何やってんだ、俺」
エントランス間近のこの場所からでは、最上階近くにある俺達の部屋に明かりが灯っているかどうかなんて見える筈もないのに
「まあ、明日はずっと二人でいられるんだし‥‥焦る必要はないよな」
自分に言い聞かせるように呟きながら歩く俺の顔には、いつになく穏やかな笑みが浮かんでいた
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