サクラ〜緋い花〜(1/4)
「あーチクショー!……ぜんっぜん進まねぇっ」
夜、自宅マンションのリビング。
新曲の作詞をしていた俺は、大きな声で喚いた。
ソファの背もたれに寄り掛かって伸びをして、リビングを見渡す。
シン、と静まり返ったリビングにちとせのいる気配はない。
(……そういや、浴室の電球が切れたからコンビニに行ってくるって……)
「…にしちゃあ、ずいぶん遅えなあ」
自分が何となく呟いた言葉に、ハッとして俺はソファから立ち上がった。
作詞に夢中になっていたから、正確な時間はチェックしていない。
けれどちとせが出掛けてから、少なくとも一時間近くにはなるはずだ。
近所にコンビニは数軒あるが、どこに行ったとしても遅すぎる。
壁にかけられたアナログ時計に目をやると、もうじき10時になる所だった。
「…どこまで行ったんだ?ちとせのヤツ」
慌てて、テーブルの上に置いてあった自分の携帯でちとせの携帯にかけてみた、のだが。
「……何で隣の部屋でアイツの携帯が鳴ってんだよ」
あの馬鹿っ
俺は大声で毒づくと、上着を羽織って携帯と財布だけを持って部屋を飛び出した。
マンションのエントランスを抜けて。
(とりあえず、一番近い店まで行ってみるか……)
まるで見当がつかないから、近所のコンビニを片っ端から当たってみるしかない。
「見付けたら、ソッコーで説教だな」
自分が世間でどれだけ注目されているのか、ちとせはまったく気付いていない。
長所と言えない事もないけれど、何かある度に心配するこちらの身にもなって欲しい。
「…………」
深呼吸をして、気持ちを切り替えると。
俺は、人通りの少なくなった道を最寄り駅の方向に向けて走り出した。
しばらく走って、住宅街にある小さな緑地公園の近くまで来た時。
いつもなら誰もいない公園に、誰かいた様な気がして雅楽は足を止めた。
公園と道路の境、用水路に沿って植えられた桜並木。
そこに、いたのは。
「ちとせ」
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