『カワイイ』なんて言わせない(5/6)
「ちとせがそんなに犬好きだったなんて、知らなかったな」
前方に視線を向けたままの俺の口から出た言葉は、少しぶっきらぼうに響いた。
「龍?」
ボーカリストだけあって音に敏感なちとせも、何か感じたらしい。
キョトン、とした顔をして俺を見る。
そして次の信号が黄色に変わって俺がブレーキを踏み込んだ時。
ちとせがいたずらっぽく笑って言った。
「ねえ、龍?」
「ん?」
「もしかして、さっきのワンちゃんにヤキモチ妬いてるの?」
「んなっ」
………信号で止まる直前で、本当に良かった。
車がどうにか安全に止まってから、俺は小さく息を吐いた。
そのまま運転席側のサイドミラーを見る振りをして、ちとせから顔を背ける。
それなのに。
「龍、耳まで真っ赤になってるよ?」
同時に、ちとせの指がそっと俺の耳をなぞる。
「……ッ!」
体中に電流が走った俺は、反射的に助手席のちとせの方に向き直ってしまう。
しばらく見つめ合った後、ちとせはニコッと笑った。
「龍、何だかカワイイ♪」
「…………」
その時感じた無力感は、女性であるちとせには絶対に分からないだろう。
「……………ちとせ…頼むから、それは……」
トドメを刺されるってのはこういう事かとしみじみ思った。
だけどちとせ?
ここまで俺を挑発したからには、ちゃんと最後まで付き合ってもらうからな。
その後、運転を再開した俺は、左前方にちとせの住むマンションが見えてきた所で思い切りアクセルを踏み込んだ。
「え……龍?」
車を降りる準備をしていたちとせが、驚いて俺を見る。
「ねえ?………んっ」
ちとせの唇に人差し指の背で軽く触れる。
その指を今度は俺の唇に当てると、ちとせの顔が真っ赤になった。
「このまま俺のマンションに行くぞ」
「龍…………」
少ししてちとせがコクンと頷くのを確認した俺は、もう一度アクセルを踏み込んだ。
ちとせ、二度と俺の事を『カワイイ』なんて言うなよ?
………いや、俺が言えなくしてやるよ。
俺のやり方で、な。
→あとがき
[←] [→] [back to top]
|