『カワイイ』なんて言わせない(4/6)
ちとせの手元にいたのは、まるまると太った茶色い子犬だった。
パッと見は柴犬に見えるが、今は遠目でも分かるくらいにガタガタと震えている。
「……首輪をしてるって事は、迷子なのかな?」
ちとせが、震えているその子犬をそっと胸に抱き上げた。
「キャン!……クーン………」
ビクッと体を震わせた子犬がひときわ大きな声で鳴く。
「大丈夫よ、何にも怖くないからね〜」
ちとせが子犬を安心させる様に優しく話しかける。
「こんな倉庫街に、犬なんてどこから来たんだ?」
呟きながら周囲を見渡したけれど、この子犬の飼主らしい人の姿はどこにも見当たらなかった。
その時。
「ねえ龍。このコ、首輪に何か付けてるよ?」
ちとせの困惑した声がして。
子犬を抱き上げたまま街灯の下に移動して確認してみると、小さなプレートに刻まれている電話番号が読み取れた。
「そういう事か」
「龍……?」
首を傾げるちとせに、俺も前に動物好きな友人に聞いた話を思い出しながら説明する。
「ペットが迷子になった時に、飼主へつながる直通番号だよ。プライバシーを考えて、そのためだけの専用の番号になってるはずだ」
「じゃあ、このコもちゃんとお家に帰れるのね!」
ちとせがパッと顔を輝かせる。
腕に抱いた子犬に向かって『良かったね、もう大丈夫だからね〜』と語りかけるちとせに苦笑しながら、俺達は荷物を置いたままの車に戻った。
その後、子犬は無事に飼主の元に届ける事が出来た。
最初こそ震えていた子犬はもともと人懐こい性格だった様で、連絡の取れた飼主との待ち合わせ場所に向かう車中ではちとせにも尻尾を振って甘えていた。
「はぁ、可愛かったな〜」
「……………」
そろそろ日付が替わる時刻。
ちとせのマンションに向けて車を走らせながら、もう何度となく呟きを繰り越すちとせを横目に見て、俺は複雑な気分を抱えていた。
倉庫街に向かう時みたいに見つめられるのもツライけれど、ちとせの心が俺以外のモノに占められているのも面白くない。
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