いっしょに帰ろう?(3/4)
開いたドアの向こうに立っていたのは龍だった。
龍は、穏やかな笑みを浮かべて私を見る。
「ああ、ちとせ。もう出られるか?……今日、俺のマンションに来るだろう?」
……控え室前の廊下は、いつ誰が通るか分からない。
周囲を気にして小声で言う龍に、私はもちろんと大きく頷いた。
エレベーターでテレビ局のロビーに降りると、イベントスペースに展示されているひな人形を業者が片付けている所だった。
「あれ、もう片付けてるのか。何だか味気ないな」
龍が呟くのに、私は小さく笑う。
「だってひな人形ってそういう物でしょ?私の家でも3日のうちにしまってたよ?」
テレビ局の地下駐車場に停めてある龍の車に乗って、龍のマンションへと向かう。
私達はカーステレオから流れる洋楽を聞きながら他愛もない話を続けていたけれど、信号待ちで車が停まった時に龍が思い出した様に言った。
「……そういえばさっきのひな人形だけどさ、今日のうちにしまうって言ってたけど何か理由でもあるのか?」
「え……?」
正直、サラっと流したつもりだったのに、またここでその話題が出るとは思わなかった。
「ちとせ?」
(う〜……言わなきゃダメかな?)
訝しげに私を見る龍に、私は観念して口を開いた。
「あのね、龍」
「うん?」
「昔はね、3日を過ぎてもひな人形を飾っている女の子は将来お嫁にいけないって言われてたの」
龍が意外そうに目を見開く。
「今はそうでもないみたいだけど、私も小学生の頃おばあちゃんに『ちとせがお嫁に行けなくなったらどうする』って怒られた事があるから」
付き合っている相手を前に、たとえジンクスでも『お嫁に行けない』とか言うのはちょっと気恥ずかしい。
「そ、そうか」
龍もそう言ったきり黙ってしまって、再び走り出した車の中はどことなく気まずい雰囲気が漂っていた。
やがて車は龍のマンションに到着して、駐車場に停めてエンジンを切った龍が呟く様に私の名前を呼んだ。
「ちとせ」
「龍?どうかした?」
「ちとせは心配しなくて、いいから」
「……?」
龍は正面を向いているので、私からはその表情はよく分からない。
と、龍が私の顔を覗き込んで少し照れた口調で言った。
「ちとせは大丈夫だから。嫁にいけないとか、心配しなくていい」
駐車場の薄暗い照明の下でも分かるくらいに、顔を赤くした龍。
それでも、龍の目は真っすぐ私だけを見つめている。
(龍………)
それから、ゆっくりと龍の顔が近付いてきて。
私は、そっと目を閉じた。
数年後、結婚して家族になった私と龍の家にもひな人形が飾られる事になる。
「龍……。さすがにこれは、ちょっと豪華過ぎたんじゃないかな?」
娘可愛さにすっかり親バカとなった龍は、まだハイハイも出来ない娘を抱っこしながらあやしている。
「……………」
(今からこれじゃ、本当にひな人形のジンクスどころじゃないかも………)
三月の柔らかい陽射しの中、『緑川家』の幸せな時間はゆっくりと流れていた。
→あとがき
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