夏の夜の過ごし方?(1/3)
高級住宅街へと続く幹線道路沿いの歩道。
昼間でも人通りの少ないこの道に、この夜は仲良く手を繋いで歩く二人の人影があった。
男性の方がコンビニのレジ袋をぶら下げているその二人は、どうやら買い物帰りの恋人達のようで‥‥?
「あ」
コンビニからの帰り道。
突然、瑠禾が小さくつぶやいてピタッと立ち止まった。
「瑠禾?」
彼の隣を歩いていた私は、ひと言つぶやいたきり黙り込んでしまった瑠禾を見上げる。
「どうしたの?」
「‥‥‥‥」
「瑠禾ー?」
私の呼びかけに気づいているのかいないのか。
車道の向こう側、どこか遠くを見つめているようだった瑠禾の目がスッと細められた。
「祭囃子が聞こえる」
「‥‥‥お囃子?」
「うん、あっち」
そう言うなり、瑠禾は繋いだままだった私の手を引いてすぐそばの細い路地へと駆け出した。
「えっ!?‥‥やだ、瑠禾‥‥どこ行くの?」
その路地は、瑠禾のマンションへ帰る道とは全然違う方向に向かって伸びている。
しかも今私が履いてるのは、ヒールの高い華奢なミュールだったものだから。
あまり綺麗に舗装されていない路地は、早足でも相当キツイ。
ブランド物のスニーカーを履いている瑠禾についていくのなんて、絶対に無理。
瑠禾が提げているコンビニのレジ袋も、揺さぶられてガサガサと耳障りな音がかなりうるさい。
「瑠禾!お願いだから一回止まって!‥‥きゃっ!?」
すると。
必死に足を動かしながら叫んだ私の声に気づいたのか、今度は瑠禾は急にピタリと止まった。
ドンッ!
勢い余った私は、そのまま瑠禾の背中に体当たりしてしまう。
「いったーい‥‥」
細身ながらそれなりに鍛えている瑠禾の体は、クッション代わりにするには少し無理があった。
「瑠禾のバカァ」
瑠禾の背中に寄り掛かったままグチると、彼は首だけを巡らせて私を見る。
「ちとせ、大丈夫?」
(むぅ‥‥)
呼吸一つ乱していない平然とした顔の瑠禾に、私も少しだけカチンときた。
気温がまったく下がらない真夏の夜。
ワケも分からないうちにいきなり走らされて、足は痛いし、汗だってかいてしまった。
「大丈夫、じゃないよ!‥‥いきなり走り出したりして!」
「うん、ゴメンね?」
「え?」
予想外なほど素直に謝られて、私は一瞬ポカンとした。
その間に体の向きを変えた瑠禾は、私に寄り添いながらつぶやく。
「こっちの道の方が、よく聞こえるから」
(‥‥‥‥そう言えば、お囃子がどうとか言ってたような‥‥?)
周囲を見渡してみると、ここはどうやらさっきの幹線道路と並行して走っている用水路沿いの土手のようだった。
「この向こう、なの?」
コクン。
「‥‥‥‥‥」
黙って頷いた瑠禾が視線で示した方角を向いて、私も耳をすませてみると。
「あ、ホントだ」
確かに、和太鼓や笛の音が夏特有の暑い風にのってかすかに流れてきていた。
高級住宅街と言われているこの辺りでは、こういう事は滅多にないかもしれない。
時々、遠くを走る車の排気音に掻き消されてしまうくらいの小さな音。
だけど不思議なくらい耳に、心に染み込んでくるメロディ。
(‥‥‥‥こういうのって、何かいいな‥)
私は、瑠禾と繋いでいる手にそっと力を込めた。
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