サクラ〜緋い花〜(2/4)
大声で呼びかけようとしていた俺は、思わずその場に固まってしまった。
漆黒の空に浮かぶ満月。
その月明かりに照らされる桜並木と、佇むちとせ。
ちとせが手にしているコンビニのレジ袋さえも、何故か違和感が感じられない。
まだ花を咲かせていない桜の木は、濃い緋色をしていた。
それらは、まるで一枚の絵の様にも見える。
いつも誰よりも近くにいるちとせが手の届かない、遠い存在に思えた。
『魅入られる』
(……って、縁起でもねえ)
昔何かの小説で読んだフレーズを思い出した俺は、ブンブンと頭を振ってちとせの元へ駆け寄った。
「あ、雅楽〜」
俺の足音に気付いて振り返ったちとせは、俺の心配をよそにいつも通りの笑顔を見せる。
「‘雅楽〜’じゃねえ……お前、こんな所で何やってんだよ……携帯もマンションに置きっぱなしだし…」
心配するだろうがっ
大声で喚いた勢いのまま、ちとせの体をギュッと抱きしめた。
「ゴ、ゴメンなさ……ちょっ!……雅楽、痛いよ!」
ちとせが俺の腕の中で抗議の声を挙げる。
俺はちとせの口を自分の口でふさいで、それをやり過ごした。
「ん……んんっ………」
いつもの俺なら、こんな誰が通るか分からない場所でちとせを抱きしめたり、ましてやキスするなんて考えられない。
だけど、今日は。
ちとせが俺の腕の中にいる、と何度でも確かめたくてたまらなかった。
ついさっき見せられた現実離れした光景に、俺自身も魅入られていたのかも知れない。
長い長いキスをして。
ようやく俺の腕から解放されたちとせは、そこで小さく首を傾げた。
「でも雅楽、私そんなに長く寄り道したつもりはないんだけど。どうしてそんなに慌ててたの?」
「そんなにって……あのなあ!……お前が買い物に出掛けたのって9時頃だろ?それで10時近くまで帰ってこなかったら、誰でも心配くらい…………」
言いながら、携帯を取り出して画面に表示されている時刻をちとせに見せようとした俺は。
「アレ…………?」
と、言ったきり動けなくなってしまった。
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