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木枯らしの吹く夜。晩秋を過ぎ刻々と迫る厳しい冬空の下、幼子が一振りの懐刀を抱えるように握りしめ路傍に座り込んでいた。身に纏う着物は立派なもので、一目見れば誰しもが良い家の出だと分かる代物だったが、髪は寒さを凌ぐためか結うこともせずだらしなく下ろされていた。

「お嬢さん」

そんな幼子に声をかける男がひとり。
長く伸びた髪と柔和な顔付きのせいか、喋らなければ少し体躯の大きな女に見えなくもない。

「どうかされたんですか。こんなところにいては風邪を引いてしまいますよ」

少女は男の問いかけに答えようとせず、ぶるりと身を震わせ懐刀をより抱きしめた。
見知らぬ人に体を強ばらせた少女の様子に、男はしゃがみこみ目線を合わせる。

「ほら、手もこんなに冷えて真っ赤っか」

懐刀を握る手に覆うように重ねられた手は、じわりと冷たい少女の手を暖める。

驚きに反射的に上げられた瞳と、男の目があう。それも直ぐにきついものへと変わり、重なっていた手は弾かれた。

「あなたは誰、なんの用なの」

放たれた言葉は端的なもので、関わるなと言わんばかりの言い草だった。

「幕府の人間?次は殺しにきたの」
「いいえ、私は幕府の人間ではありません。一介の浪人です」

物騒な単語に目を見開くも、男は少女の脅えを溶かすように語りかける。だが全く効果はなく、刃のような鋭い目つきは変わらず男を警戒していた。
その強い意志を秘めたどこか不安気な瞳が、最近、戦場跡で出会った少年と重なる。

「実は私ここで人を待っていまして。ご一緒してもいいですか、可愛いお嬢さん」

男は向かい合った体を移動して、隣に並んでしゃがむ。
本当は待ち合わせなんてしていない。ただ、少年と似た目が気になって放ってなんかおけなかった。

「ねえお嬢さん、お願いがあるんです。私の羽織りを預かって貰えませんか」

男は着ていた防寒着である綿入りの羽織を脱ぐと、返事も聞かずに少女の背中に被せた。少女は背にかかる僅かな重みと残った温もりに驚き顔を上げる。

「実は歩き通しで暑くなってしまって。連れがくるまでお嬢さんが預かってくれると有り難いのですがどうです」

少女は冷えた体を暖めてくれる羽織りに残った熱に、すがりつくように襟を握り締めた。体と一緒に、頑なに警戒していた心にも男の暖かさが染み込んでいく。

「…***」
「ん、***?」
「私の名前、***。ありがとう…あったかい…」
「そうですか、それはよかった。***」
「うん、あったかいよ…」

じわりと目頭から涙を零す***の頭に男の手が乗せられ、よしよしと慰めるように撫でる。

「私は吉田松陽と言います。よろしくお願いしますね、***」

何が琴線に触れたのか、途端に***は大粒の涙を零し、わんわんと大声を上げて泣き始めた。



ひとしきり泣き続けた***がしゃっくりを上げ出したところで松陽は腰を上げた。

「さて、行きましょうか」
「え…」

まん丸に目を見開く***へ松陽は手を差し出す。

「…連れは?」
「ここにいるじゃありませんか、可愛いお嬢さんが。***」

キョトンとする***に松陽は小さく笑うとまた目線を合わせて座り込む。

「***、あなたのことですよ」

懐刀を持つ片手を握り立つように促せば、***は顔を歪めた。

「わたし…行くとこない…、家なんかないのッ!」

ぎりと指先が白くなるほど懐刀にしがみつき、顔を真っ青にして叫ぶ***の脳裏には数刻前の恐ろしい光景が蘇る。

急に数人の男が無断で屋敷に上がり込んできたと思ったら、抱え上げられ訳の分からないまま屋敷の外へと追い出された。閉ざされた門を叩き開けるように叫ぶも、返ってきたのは情の欠片も無いものだった。

「ありますよ、***が望めば此処に」
「ないの!!私は要らない子だから」
「どうしてですか」

ぶるぶると寒さからではなく、恐怖から震え出す***に先ほどの物騒な言葉が松陽の頭に浮かぶ。

「私はあなたと一緒にいたいですよ」
「うそだッ!!みんな嘘つきよ!将軍さまは私をいらないって…、女の私なんか役に立たないって……、お父さんもお母さんも…私をおいていったもん!!」

ワッとまた泣き出す***に松陽はそっと頭を撫でる。

「わた…し、どこにいったらいいの、…いくとこないよ…」
「***、あなたは今迷子なんです。実はですねお恥ずかしながら、私も未だ迷子でして」

人生の、なんて冗談めかして笑えば***はぐしゅぐしゅに濡れた顔を上げる。

「まいご…?」
「迷子同士、一緒に生きませんか」
「いいの…?私なんか」
「***だからですよ…あなただからいいんです。こんな夜中に出逢うなんてそうそう無いこと、きっと私達の縁ですよ。ほら」

再び差し出された手に***は、あれほどしがみついていた懐刀を手から零すと、松陽の手に両手でしがみついた。





♭16/05/15(日)
♭16/06/05(日)*加筆修正

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