W副長1話


晴れた青い空。薄く伸びた白い雲は少なく、快晴と言っていいくらいだ。だが、その青い空には沢山の鉄の塊が浮かぶ。宇宙船。ここは江戸。地球から宇宙へと飛び立つためのターミナルが聳え立っていた。

***は腰に差した刀を抜き、鞘のついたままの状態で柄ではなく、鞘の中央を右手に持つ。と近くの茶屋の縁台に腰を下ろして刀を置く。
ふうっと息をついた。疲れた。天気もいいし、歩き詰めでやっと江戸に着いたのだ。思った以上に人は多いし、歩けば肩がぶつかるし。その勢いで捜し人にもぶつかんないかな。そんなことを思っていると声をかけられる。

「お客さん、ご注文は何になさいますか」

奥からでてきた看板娘の眩しいくらいの笑顔に、お茶とみたらし団子を1つ頼んだ。
店奥に戻って行く後ろ姿に、可愛らしいな。なんてオヤジ臭いことを考えながら日除けに被っていた三度笠を外すと座る縁台の横に置いた。
じわりとかいていた汗を手甲で拭う。

「お待たせいたしました」

湯のみと串に刺さった黄金色の団子が1本、お皿に乗せられてお盆を持った看板娘が運んできてくれる。
顔の横に持ってこられると、じゅるり。よだれが出そうだった。

「どうぞ。こちらご注文のお団子とお茶です」

受け取ろうと手を差し出す。
長旅で疲れた体に甘いものは沁みる。味わって食べよう。
優しく両手の上に陶器のお皿が乗った時だった。それはひょいと姿を消す。
見ればいつの間にやら側に来ていた人の手にお団子はあった。その姿は、白いワイシャツに黒いベスト。黒いズボンに黒い靴。肩にかけるように団子を持つ手とは反対の手が黄色いラインの入ったこれまた黒い上着を手にしていた。葬式にでも出たのかと思うくらい黒づくめだった。
胴から爪先まで姿を確認して、「もっちゃもっちゃ」と団子を咀嚼する音にはっとして顔を上げる。
なに人の団子を通りすがりに食べてんの?!!
返してください!
そう立ち上がって怒鳴ろうとした。のに、視界に入ってくる白い頭に、言葉が出てこなくなった。

「まあ。副長さん。ダメですよ。それはこちらのお客さんのお団子です」

副長。そう呼ばれた男はもっちゃもっちゃと食べてはまた団子に噛み付いて串から外して口の中にしまう。

「んー、わりィ」

そう答える男の表情は、悪いとは到底思っていなさそうで、口についたみたらしのたれをぺろりと舐め、団子が消えた串を***の手の上に乗る皿に乗せた。

「同じもん2本お願いできる。この女の分と、俺の分」
「分かりました。ふふ、お客さん申し訳ございません。直ぐに代わりのお団子をお持ちしますのでお待ち願えますか」

ふわりと笑う看板娘になんと答えたらいいのか分からず首だけを縦に動かした。
残ったお茶の入った湯のみを縁台に置き、***の手の上にあるお皿を手に店の中に戻っていく。今度はかわいいな、なんて考える余裕はなかった。
目の前の銀髪が眩しくて。

銀ちゃんだ。銀ちゃんが目の前にいる。
なかなか見つけられなかった人が、江戸に入ってこんなに直ぐに見つけられるとは思っていなかった。
なんて声をかけようか。なんて言えば正解なのか。分からなくて目が見られなくて、視線が足元に行く。
そうすると目の前で止まっていた男の足が動く。
どかり。***の座っていた縁台に、隣へと男は腰を下ろした。

「座れば。新しい団子来るし」

その言葉に立ったままだった事を思い出して縁台に腰掛ける。

「あ、…あの」
「お待たせいたしました」

声をかけようとしたら、お団子を持って戻ってきた看板娘がにこりと笑った。

「副長さん、はいお茶とお団子。お姉さんにはこちらのお団子と、お詫びの気持ちです」

先程より少し大きめのお皿に乗ったみたらし団子と、たれに触らないようにお皿の隅に乗せられた柏餅。

「そんな、あの、受け取れません」

詫びなきゃいけないのは隣でまた団子を頬張る男ではないか。

「うふふ、大丈夫です。お代は副長さんにいただくので」
「げッ、なにそれ聞いてねェよ俺」
「いいんですか?公僕が人様のお団子盗み食いしたなんて」
「ちッ、しかたねーな。払いますよ」

公僕。あれ。なんでだろう。なんで元攘夷志士が公僕なんだろう。
そんなふうに一瞬考えるも笑う看板娘にお礼を言った。

「ありがとうございます。お気持ちいただきますね」
「ええ、ごゆっくり」

疑問は残るし、久しぶりに会う姿に頭は混乱していたが、まずは食欲が勝った。
串を手に取りみたらし団子を口に運ぶ。もちもちしていてたれも甘すぎず醤油辛くなく丁度いい。1個、2個と食べてぺろりと平らげて柏餅を手にした時だ。
じっと横から見てくる視線に気がついた。
え、なに、ずっと食べるの見られてた?
ちらりと視線を隣にやれば目が合う。吸い込まれるかのように顔に釘付けになってしまった。
昔より柔らかい顔つきになってる。髪だってもっと雑にしてて耳だって隠れてたのに、今はきちんと整えられて耳が出ていた。

「なに、そんなじっと見て」

そんな声に見入ってしまっていたことに、はっとする。

「あ、柏餅半分こ、します?」

なんで敬語なんだろう私。

「なに、くれんの?じゃー貰う」

少しだけ目が輝いた気がした。
甘いものには目がない。銀ちゃんだ。そう思った。
柏を剥いで餅を半分に手で分ける。
男の空いたお皿に乗せようと思うも、みたらしのたれがついていて、置いてしまうと柏餅の味を損なってしまうかもしれない。そう思い男の顔の前に差し出した。
少し驚いた顔をした。そして腕を掴まれる。

「……え、」

なんで。
男は手で受け取ることせず、腕を引き寄せそのままぱくり。ひと口齧っては、咀嚼して飲み込んで。お茶を口にして。食べ切るまでそんなに時間はなかったが、***には長く感じられた。

「ん、んめェ」

手には柏餅は残ってないのに、動くに動けない。
なにより男が腕を離してくれなかった。

「あの、!手、離してくれませんか?」
「んー、ちょっとだけ待って」

腕を掴んだままの手とは反対の手がズボンを探る。何をしてるんだろう。そう思いながら気を紛らわすように視線を逸らして手にした柏餅食べた。
そんなに大きくなく、でも柔い皮にしっとりとした餡子が美味しい。ぺろりと食べきってしまう。

がちん。

そんな音だったと思う。
何かと思って男を見れば腕に嵌る黒い塊。

「……へ?」
「逮捕」
「は……?」
「銃刀法違反な」
「はぁ?!ちょ、……ぇ?え、待っていや待って!」

腕を取り戻そうとするもがっちり嵌った手錠のもうひとつの輪っかを男に引かれると体が男の方に傾く。

「オイオイなにしてんの、はい暴れない」

縁台から落ちそうになる体を受け止められた。
あ、懐かしい匂いがする。なんて考えてる間だった。
もう片腕にも手錠が嵌る。

「……!いやちょっと待って!」
「充分待ったよ。お前が娑婆で最後の甘味食うの」

頭には、はてなの文字しか出てこない。ただでさえ混乱している頭がショートしそうだった。

「おーい、お代。この女の分もここに置いとくから」

店の奥にそう男は声をかけると***の腕に嵌った手錠の鎖を引く。

「ほい立って」

なにか良くないことになっている。それは分かっていても、両手を塞がれ男に引かれるとどうしようもない。それも相手は多分、多分、知っている男。知っているからこそ、思いっきり蹴り飛ばして逃げても追いかけられたら***では逃げきれない。無駄なことは知り尽くしていた。
男は横に置いていた三度笠と刀を片手に取ると歩き出す。

「え、え、なに、?まって、どこに行くんですか」

手錠の鎖を引いて斜め前を歩く男が振り返る。

「ん、知らねーのこの制服」
「制服…?」
「どっか遠くから来たの?」
「江戸に今日着いたばかりで」
「そう。じゃあ教えとくな。俺警察官なの」

そう言って手にした***の刀を持ち上げる。

「不法に刀持っちゃいけねーの知ってんだろ。持っていいのはそれなりの身分の人間だけ」
「それは…!ずっと旅をして護身用に」
「あー、いいから。とりあえず身の上話は屯所でな」

お前の身の上話には欠片も興味が無い。そう言いたげな男の背中にぎゅうと胸が締め付けられる。
銀ちゃん。銀ちゃんじゃないの?
それとも、知らん顔したくなるくらいに私に会いたくなかった?

空は快晴。だが、***の心は嵐のように酷く荒れていた。



♭2024/04/13(土)


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