ずっと助けられていたい

「若い女だ」
目の前に現れた男はそう言って父を蹴飛ばした。
父の身体は壁にぶつかり壁に血を残して落ちていった。数年前に家の中で死んだ母のようにピクリとも反応しなかった。
「なんで」
なんで家に知らない男がいるんだろう。最近若い女が夜中にいなくなるらしく物騒だと聞いた。私は家で寝ているだけの女だ。私も父のように冷たくなるのだろうか。
目の前の男は額から角が生えていた。鬼みたいだと思った。男が踏み出した瞬間、私は布団から抜け出した。
こんな時に自分が動けることに驚いた。朝も夜も病床に伏すだけの人間だ。裸足のまま鬼の横を通り抜ける。ピチャリ、と生暖かい液体の感触を足の裏に得た。
「待て」
待てない。待っていたら殺されてしまう。
鬼の足は早かった。家の外に出てもすぐに殺されるのだろう。縁側から外に出ると別の男が庭にいた。
金と赤の燃えるような髪色が暗闇の中で光る。制服みたいな服の上に着ていた羽織もまるで燃えているみたいだ。
こいつも鬼の仲間なのか。このまま殺されてしまうのか。
鬼の手が肩に伸びた。すぐに肩に重さがかかる。私は構わず走った。肩にかかる重さは相変わらず重いままだ。振り返ってみると、私の肩に鬼の肘から下がぶら下がっていた。
「ひっ」
肩に乗っていた腕を振り払って落とした。息が苦しい。もう走れそうにないから歩こう。
弱い者は強い者に勝てない。死ぬまでの時間がほんの少しだけ延びただけだ。私には自分を守れる強さもないし、生きる力もなかった。
涙が頬を伝った。嗚咽が漏れた。死にたくなかった。
「俺のそばから離れるな!」
大きな声が響いた。炎のような男が発したらしい。彼は刀を持ち鬼と戦っていた。鬼に両腕はあった。ただ服の片方の肘から先は綺麗になくなっていた。
炎のような男は鬼よりも強いようだった。
この男のそばにいれば殺されないのだろうか。迷っているうちに鬼の首が地面に落ちた。炎のような男が刀で斬り落とした。
炎のような男がこちらを向いた。何かを言った。私は聞き取れなかった。男が鬼よりも強いことが分かった。
「助けて、たすけて……」
この人に守ってもらわなければ生きていけない。もう縋り付けるひとはこの人しか残されていない。
父はさっき殺された。
母は父に殺された。いつものように殴られていた母はいつもと違って息を引き取っていた。母は父に媚びていた。財産を相続できない母は弱者らしく振る舞わなければ家の中で生きていけないのだと最近知った。
足を地面に擦り付けた。血を地面になすりつける。
私も弱者らしく振る舞わなければ死んでしまう。
私の体は既に弱者らしく振る舞うことしかできない。父は嫌がったからやったことはないけれど、この男に媚びよう。媚びてだめなら他の方法をとろう。私は助けられたい。助けてほしい。
「貴方の名前を教えてください」
「俺は煉獄杏寿郎だ!」
煉獄、れんごくさんと頭に焼き付けるため乾いた口の中で名前を転がした。
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