ポアロと苗字


「お姉さん、僕とお話ししてくれない? ここで蘭姉ちゃんを待たないと行けないんだけど一人じゃ不安でさ」
「えーっと、他にもお客さんは……」

入り口で安室さんに反応した女性。安室さんも何か思うところがあるのか、異様にゆっくりと紅茶を作り、色々と質問していた。彼女が店内を見回すも客は彼女とコナンのみ。梓さんはさっき休憩に入ったのを確認済みだ。

「ね、いいでしょ? 僕不安で」
「うーん、そんなに長くはいられないけど、いい?」
「うん! ありがとう!」

見た目からして年は二十代。付けている時計は有名ブランド。指輪は年代物で親族の遺品だろうか。良いところのお嬢さんか、もしくはかなり稼いでいるのか。少なくとも普通のサラリーマンではない。

「そうだお姉さん! お姉さんのお名前教えて! ぼくは江戸川コナン」
「えーー、やだ」

からかうように少し笑った。

「お姉さん有名人なの?」
「違うよ。コナンくん探偵なんでしょ? 当ててみてよ」
「分かんないよ、あだ名とか教えて」

彼女が特に反応を見せた単語はない。まだ名前を当てるのは不可能だ。

「あだ名かぁ。名前とは関係ないけど、羊とか?」
「羊?」
「そう。喧嘩するとラム肉にしてやるーとか言われるんだよ」

眼帯にラム、黒の組織のNo.2と共通点が多い。それに彼女の話では事件のあった日に東都水族館の観覧車を目視できる場所にいた。安室さんも探っていたし、まさか。

「お姉さん! 眼帯の下見せて! お願い!」
「えっ、怪我してるからちょっとグロいよ。平気?」
驚いた彼女は眼帯に手を当てる。外しても大丈夫か探っているようだ。

「いいから!」
「そんなに必死になってどうしたの?」

そう言いながら彼女は眼帯を外してくれた。そこには切り傷と痣があった。
目を強打したようだ。

「そのまま目を開けられる?」
「えー、痛いけどやってみるよ」

瞼に手を添えて目を開いた彼女の眼球を覗き込む。急に光が入ったせいで瞳孔は小さくなった。瞳は怪我をしていない方の瞳と同じ色をしており、そして義眼ではなかった。

「いてて、もういいかい?」
何度か瞬きをした後眼帯を戻した。怪我が全て隠れる場所に眼帯を調整する。

「うん、ごめんなさい。大丈夫なの?」
「お医者さんは大丈夫だって言ってたよ」

彼女の前にサンドイッチが置かれた。
「コナンくん、怪我人をいじめちゃダメだよ」
「はーい、ごめんなさい」
「私は気にしてないからいいよ。コナンくん、一緒にサンドイッチ食べる?」
「それなら僕が作るので大丈夫ですよ」

「コナンくんに聞いているんです。お腹空かない?」
今までの彼女にしては少し強引だ。これを食べさせたいのか、一人で食べるのは悪いと思ったのか。

「あ、うん、お腹すいてないからいいよ」
「そっか。じゃあいただきます」

サンドイッチを口にした彼女は、ポアロのハムサンドを初めて食べた人と同様に恒例の反応を見せた。

「美味しいです! これは時間がかかっていてもおかしくないですね!」
時間がかかっているのは安室さんが彼女を引き止めようとわざと時間をかけて作っていたからだ。このペースではランチタイムにお店は回せない。
先ほどの強引さは例えば今から作ったとしても時間がかかるから言ったのか。小学生の隣で一人だけ食事をするのは気が引けるなら納得できる。

「ありがとうございます。嬉しいですね。そうだ、僕も暇になったんで混ぜてくださいよ」
驚いた顔をした彼女が口を開く前に断りにくい状況を作る。
「安室さんもお話ししてくれるの! やったー!」
「安室さんがコナンくんを見れるなら私はもういいんじゃ」
早く帰りたい、と彼女の顔に書いてある。いくら喫茶ポアロの居心地が良くても安室さんからの質問が辛いのだろう。
「いつお客さんが来るか分かりませんし、いいじゃないですか」
「はあ、そうですか」
彼女は強引な安室さんに困ったように頷いた。

「お話しするのに不便なので、お名前、教えてくれます?」
「いやです」
これ以上情報を渡してたまるか、ときっぱり断る。安室はその態度に余裕を持って質問を続ける。
「ホォーー。ではリモンチーノと呼ぶしか──」
「わーーーー!千代です! 安室さんの下の名前知らないので名字はいいですよね!」
慌てた彼女が安室の声を掻き消そうと大声を出した。

「僕は安室透、と言います。コナンくんのフルネームも知っているのに不公平では? ね? コナンくん?」
「そ、そうだね」

リモンチーノ、レモンチェッロをそう呼ぶこともある。その名の通りレモンを用いたイタリア産のリキュールだ。
安室さんが探っているこの状況から彼女は黒の組織の関係者だと考えさせられる。スパイか、単純な裏切り者か。

「ね、お姉さんの名字も教えてよ。僕たちのフルネームを知ったのにズルいよ」
ズルいのはコードネームを持ち出す安室だと思うが、名前が分かれば色々と調べられるので聞きたい。
「えー、そんなぁ」
もう勘弁してくれ、と呟く声が聞こえた。

「いいじゃないですか、それくらい」
「じゃあ佐藤で」
「ウソつき」
口調からしてありふれた名字をあげただけなのは明白だ。

「鈴木は?」
「ダメ」

彼女がランキング10位までの名字を口にしたところで携帯が鳴った。正確には着信を告げるバイブレーションが鳴った。
各々が自分の携帯を確認する中、彼女は三つもの携帯所持していた。
震える携帯の画面を見るなりイヤな顔をした彼女が通話ボタンを押した瞬間、「何やってるんですか沢田さん!」と携帯のスピーカーから聞こえた。
もちろん名字を知ろうと躍起になった安室もコナンも携帯に耳を近づけていたので静かになった喫茶店で彼女、沢田千代のフルネームが判明した。しおりを挟む
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