1.純黒の出会い


「防犯カメラの仕掛けがバレました! キュラソーさんに向かって動いてます! 急いで!」
警察庁の側に停めた車の中、周波数が常に変化する無線で警察庁の中にいるキュラソーに警告を送る。
「部屋を出たら左に、一人、角から接近中。その先の窓から降りても配管と、街路樹があるからキュラソーさんなら大丈夫かと。ああ!こっちもバレた!私は移動するから車は適当に捕まえて下さい!」
「了解」小さいが凛としたキュラソーの声がヘッドホンに入った。
運転席に座る男に発車の合図を出すと、体がシートに打ち付けられた。眩く光るパソコンのモニターの横で、街灯の光が後ろに流れる。私が喋っている間にも男性の声と、多数の足音が聞こえる。
やがてガラスの割れる音、木に上から突っ込んだ音、それから無数のクラクションの音の後、「車を確保した」とキュラソーの声。
「気をつけて、その先の橋で渋滞が発生してる。それまでにカタをつけた方がいい。追手の車は白の……。ちょっと!無線が入らないわ。どっちに進んでるの!?」
警察庁の近くに取り付けたカメラの映像から車種を連絡しようとしたその時、音が全く入らなくなった。コードネームを持たない運転手をバックミラー越しに睨む。
トンネルに入っても聞こえるように作った無線器。唯一の欠点は離れすぎると通信が途絶える点。無線機を使うのは少数派な為、予算がまわってこない。もっとお金をかけたいい無線機を使いたい。
GPSの示す現在位置はキュラソーの乗った車とは大分離れていて、そもそもの作戦とは違う方向だ。
「俺たちも狙われてるんですよ!後ろ見てください!パトカーが3台は見えるでしょう!」
言われてから後ろを振り向くと、真っ赤なパトランプがいくつも見えた。
「あ、ほんとだ」
ヘッドホンの音に集中するあまりサイレンの音は耳に入らなかったようだ。確かにこれはルートを変更しなければならないだろう。計画が事前にバレていたから、私たちにこれだけの人員を割く余裕があるのか。キュラソーを追う車がその分少なければ良いが。
「だから俺のせいにしないで下さいよ! 俺はコードネームがあるレモンチェッロと違うんですから!」
コードネームがあるのとないのでは組織内でだいぶ扱いが変わる。コードネームがあれば話を聞いてもらうこともあるが、コードネームがないと一発で脳天を貫かれる。特に裏切りの兆候があるものは即始末。最近は各国の諜報員が潜り込んでいるらしく、疑わしきは罰せ、との命令も来ている。

かく言う私もコードネームをもらうまでの道のりは大変だった。
この組織では後方支援をする技術屋は貴重らしい。基地から出ることを極端に嫌うのは、基地から出ると失敗した時に責任をなすりつけられて殺されるから。それが貴重になる原因だと思うが、基地から出なければ仕事をしている証拠も機械も破壊されないので、理解は出来る。
目的に接近することを嫌がらなかった為か、新人だからか、そういう仕事のほとんどを押し付けられた。何度か私のせいにされ殺されかけたが、なんとか成果をあげてコードネームを頂けた。

「分かってるって。後で伝えとく。とにかく逃げ切ってよ。キュラソーからの連絡も、キュラソーが盗んだ情報も手元にないんだから!」
これはヤバい状況なんじゃないか。最悪の場合、キュラソーが捕まるか殺されるも、NOCリストが手に入らない場合、全責任が私に降りかかるのではないか?
キュラソーはラムの腹心で、貴重な能力を持っている。レア度の問題でも処分されるのは、私だ。

そもそもCIA工作員のリストから組織のスパイを探し出す任務は世界の為には失敗した方が良いと思われるが、私が失敗しても誰かがやる羽目になる。まだ根っからの組織の人間がやるよりは良いか。

胃が心労でキリキリ痛む。痛みにしかめた目からパソコン上でキュラソーの位置とこちらの位置がギリギリ通信を拾える圏内を示した。
よかった、天は味方していた。こんなところで組織内のでの信用を落とすわけにはいかない。
「暫く音は出さないでね」
音量を上げてヘッドホンの音に集中する。微かに聞こえるのはキュラソーの声。それから、スマホののキーボードを操作する音。
「スタウト、アクアビット、リースリング……キール、バーボン」
聞き取れたのは五人分のコードネーム。少なくともこの五人がスパイか。
パソコンにキュラソーの音声が録音されているのを確認した瞬間、体が浮いた感覚がした。例えるならジェットコースターに乗っているような、内臓が浮く感じ。
GPSの不具合であってほしかった。横を見ると景色がおかしい。何で道を走ってないんだ。何で橋の外側が窓の上の方に見えるんだ。
「川に落ちます!」
「えっ、そんなの予想してないから防水とか用意してないけど!」
脱出用に窓を開けながらヘッドホンを外してパソコンを閉じる。コードが絡まないようにヘッドホンを捨てて、受信機のコードを束ねる。
外に出ることのない技術班の先輩方は防水なんて機能必要ないもんな。そろそろ機器を自分で準備しても怒られないかな。いや、この機会に強く言わせてもらおう。もしも信用が残っていたら思う存分利用してやる。
着水した瞬間に使えなくなったであろう受信機も捨てた。パソコンだけを抱えて車から脱出する。良かった、運転手も無事に脱出出来たようだ。

息が続く限り水面に浮かばないようになるべく遠くまで二人して泳いだ。ちょうど影になる橋の下で陸に上がる。
警察が待ち構えているだろうと思ったが、まだ来ていないようだ。しかし追われるのは時間の問題。
「走るよ!」
「普段走らない女性が走るのは大変でしょう。パソコンだけでも持ちましょうか?」
「大丈夫。絶対に落としたくないから渡せない。気遣ってくれてありがとね」
体力には自信がないが、パソコンを抱えて走ることくらいは出来る。
警察の目がなくなるまで運転手の男と共に濡れた服でかなりの距離を走って逃げた。川沿いに走って海が見えてもおかしくない頃、足を緩めて休憩した。身体に張り付く濡れた洋服が気持ち悪い。
「この近くに一台車を隠しておいたんです。それでラボまで送りますよ」
「ほんと? 助かる。私たちの成果はこの中に残ってるデータ次第だけど、あなたの働きはちゃんと伝えるから」
「頼みましたからね!」
電話での報告を無事に終え、パソコンを一度も落とすことなくラボに着いた。後はデータの修復が出来ることを祈るばかり。しおりを挟む
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