ゼロのケーキ


見た目は小学生、精神年齢はそれ以上だと思われる江戸川コナンくんのために私が足しげく通う店、それが喫茶ポアロ。
そこで最近女子高生が黄色い歓声を上げるのは安室さんとケーキだった。何でもケーキ屋さんのケーキよりも美味しいと評判になり、私が行く時間には毎回売り切れているのだ。
お小遣いを貰うようになってからケーキを毎月一つは食べていた私に食べない選択肢はない。
いつもはハムサンドとアイスティーを注文しているが、今日はケーキを注文出来るよういつもより早めに着いたのだ。

それなのに、お店の中のボードにはポアロ特製ケーキ本日売り切れの文字があった。
この時間にもないのか。開店して一時間しか経ってないのに。まさか開店と同時に来ないといけないのか? この静かな店内はケーキを堪能した人が帰った後の静けさだと?
朝食を食べてから時間が経ってないので、ハムサンドは注文していない。机にアイスティーを置いてくれた女性の店員さんにケーキのことを尋ねる。

「あの、ケーキって明日以降も作る予定ありますか?」
「すみません、そればっかりは明日にならないと分かりません」
「そうですか、ありがとうございます」

女性の店員さんは申し訳なさそうにしている。
ケーキがなく、コナンくんもいないのならば用はない。安室さんもいないことだし、さっさと帰ってしまおう。冷たいアイスティーを一気に飲んでお金を払い、ポアロを後にした。


次の日、開店とほぼ同時にポアロのドアを開けたが、ボードにはポアロ特製ケーキ本日売り切れの文字があった。

「今日もケーキはないんですか……?」
「あれ? 千代さん?」
「コナンくん!」

店内にはコナンくんと、蘭さん、毛利探偵が座っていて、三人の机の上にはモーニングと崩れたケーキがあった。
確かモーニングのセットにケーキは含まれていなかった。
しかし崩れたケーキとは一体。

「千代さんが午前中に来るなんて珍しいね」
「ポアロ特製ケーキがいつも売り切れだから、早く来て食べようと思ったの。でも今日も売り切れなんて……」
「あの、崩れたもので良ければお出しできますが、どうします?」

安室さんがこんなこと言うのは失礼だと思いますが……、と申し訳なさそうにしている。

「食べます! 食べさせてください! 料理は見た目より中身です。見た目が良くても中身がポイズンなのは見るだけで十分なので」

見た目が素晴らしくても中は猛毒。そんなポイズンクッキングの才能を持つビアンキもひとつ屋根の下に暮らしていたのだ。
彼女が居候していると、たまにキッチンに立つことがあった。殺し屋として有名なビアンキの作ったものを食べることは死につながる。
評判になる程のケーキである。多少見た目が悪いだけならば食べたいと思った。

運ばれたケーキは本来ならスポンジがクリームで覆われ、上には赤いジャムが乗っているのだろう。しかし目の前のケーキの表面からは黄色のスポンジが見え、ジャムが垂れてしまっている。
これなら全くといっていいほど問題ない。過去にケーキの飾り付けに失敗した時はもっと酷かった。

いただきます、と手を合わせてフォークをケーキに入れる。色と感触からしてスポンジは卵は多めか。

「美味しい……」

毛利探偵は見た目がなぁ、と言っているが味はとても美味しい。話題になるのも頷ける。これはカフェの味ではなくケーキ屋のケーキを仕入れたと言われても気付くことは出来ないだろう。

店員さんたちの話によると、三日に二回のペースで夜の間にケーキストッカーの中でケーキが崩れているそうで、私がポアロに行った時は毎回崩れた日だと言われた。問題のケーキストッカーは業者に点検して貰ったが、異常はなかったとのこと。

「千代さんは分かる?」
「え?」

コナンくんがケーキが崩れた原因を私に聞いた。もしポアロに侵入された痕跡があれば安室さんが気付かない筈がない。ケーキストッカーについては業者が問題なしと言ったなら問題ないのだろう。そしてもう一度業者に来てもらうらしい。
問題があるとしたら、ケーキストッカーの空気孔のすぐ横にある電気ポットか。勝手に電源が入ったらポットから出た蒸気がケーキストッカーの中に入り高温多湿になる。その上ポット自体も知らぬ間に熱くなるので危険だ。

「その電気ポットを交換するとか?」
「今はケーキストッカーの話をしてるんだよ」
毛利探偵にこれだから素人は、と指摘された。
「あ、そうですね。すみません」


ポアロのケーキを堪能して数時間後、コナンくんから防犯カメラを貸して欲しいと連絡があった。ポアロのケーキが崩れた原因を探るために必要だと。
二つ返事で了承し、コナンくんの待つ毛利探偵事務所に向かう。

「千代さん、来てくれてありがとう」
「どういたしまして。コナンくんの頼みとあらば、一番いいのをタダで無期限に貸すから遠慮しないで」

コナンくんは毛利探偵の側にいるので、毛利探偵が使ったとなれば会社の株は上がる。それにポアロのケーキのためならば手を貸すつもりだった。

「いいの?」
「広告費を考えればすごく安いしいいの。これが防犯カメラで、取扱説明書とかはこっちね。あ、映像はスマホでも見れるけど、解析はパソコンのスペックが低いと出来ないんだ。毛利探偵はパソコン音痴って聞いたし、大丈夫?」
「うん、平気だよ。あてはあるから」
「良かった。私はしばらくの間日本にいないから、その時の回収は会社の誰かにお願いするから、よろしくね」
「日本にいないの?」
「うん。私が回収した方がいいなら少し待ってもらうことになるけど、それでもよければ私がやるよ」
「うん、ありがとう。気をつけてね」
「心配してくれてありがと」

来月には東京サミットが開催される。その前にボンゴレ本部のあるイタリアへ行かなければならないのだ。サミットが開催される一週間前には日本に戻る。それまでにケーキが崩れた謎が解かれ、美味しいケーキをまた食べたいものだ。しおりを挟む
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