装飾系神士


その日は好きな恋愛小説の新作が手に入らなくて、好きでもない婚約者と会わなければならない日だった。
婚約者好みの地味な着物を着せられて、父と料亭に向かう道中で男の人とすれ違った。

私は彼の美しさに目を奪われた。

男は私の背を優に超える背丈をしており、私の父や他の男よりも高かった。
今日見た中で一番派手な着物を着た人で、大きな輝石の額当てをしていた。
顔は化粧が施されていて目元には大きな華のようなものが朱で描かれていた。

神さまかと思った。八百万の神がいるのなら、あの男は人のかたちで歩いているのだと考えた。

「どうした朱。いくぞ」
「……はい。お父さま」


その日の料理の味は覚えていない。婚約者との会話も、帰り道も上の空で家に帰ってから叱られた。


次の日、女学校では流行りの恋愛小説の話題でもちきりだった。

「嫌いな男と結婚するより好きな男と駆け落ちしたいわよねぇ」
「でも好きな男は貧乏じゃない。婚約者と結婚すれば裕福でいられるのよ。私だったら婚約者を選ぶわ」
「実は婚約者が主人公のこと好きだった、とかならいいけどそれはなさそうじゃない。空想なら好きな人と一緒になれるんだから」

流行りの大きなリボンを頭につけた二人は楽しそうに本について喋っていた。二人は大衆小説の中でも恋愛小説が大好きで、私もそう。
いつもなら話に入っていくのに、今日は特に何も言っていない私を不思議に思ったのだろうか。私に話がふられた。

「ねぇ、朱ならどっちを選ぶ?」
「実はその小説読んでないの。手に入らなくて」
「父親に禁止されたの? 朱は婚約者いるからねぇ」
「貸してあげよっか?」
「出来れば貸してほしいんだけど、見つかっちゃうかもしれないから……」

駆け落ちされたら堪らないから、父は私に読ませたくない。
父は家を存続させたいから。家を存続させるには一人娘の私と結婚する入婿が必要だ。
用意した婚約者は華族の次男。父親から見れば性格に問題なし。
私から見れば地味好きの派手嫌いで、それを私に押し付ける人。

「やっぱり駆け落ちは胸がドキドキしていいわよ」
「朱も絶対読んだ方がいい! 後悔するわ!」
「じゃあ、借りてもいい……?」
「もちろん!」

翌日、友人から借りた小説を隠れて読み耽った。
主人公の婚約者はお金持ちだけど、主人公と嫌いあってる。駆け落ち相手は貧乏だけど、主人公とは両想い。こっそり秘めていた恋が明らかになって駆け落ちする。そんなストーリーだ。
ページを捲る手が止まらなくて、一気に最後まで読んで、本を隠した。

ドキドキしてとても楽しい小説だった。駆け落ち後のストーリーは書かれていない。
私だったらどっちを選ぶだろう。

そんなことを考えていると父に呼ばれた。
慌てて返事をして父のもとへ行くと、渡されたのは小さな髪飾りだ。
とても地味で、よく見たら髪につけているとわかる小さな髪飾り。
父はそれを婚約者からの贈り物だと言った。
次に会う時はそれをつけなければならないのだろう。

地味な着物に地味な髪飾り。踵が低くて婚約者の背を越さない靴。
それら全ては私の好みではない。

私の好みは踵の高い靴や、派手で大胆な柄。とにかく派手なものが好きだった。
婚約者はその全てが嫌いだった。


受け取った髪飾りを箱にしまって箪笥の奥に仕舞う。箱すら見たくない。
婚約者の顔が思い出されて憂鬱な気分になる。

華族の婚姻に当人の気持ちなど問題にならない。それは理解している。
でも恋愛小説に憧れて、空想の中では自由に生きたい。

流行りの大衆小説の恋愛結婚物語のように、旦那となる人が実は自分のことがずっと好きだったとか、だんだん愛してくれるようになるとか。
さっき読んだ本のような好きな男と駆け落ちとか。一生結婚しないで好きな同性と生きても、空想の中では自由にしていい。

あの派手な神様のような人が私のことを好きになって、私と駆け落ちする、なんて考えは現実味がなさすぎる。
あれだけ上背があれば、私が踵の高い靴を履いても私の方が低いままだ。派手な服も、洋服も嫌がらないだろう。

駆け落ちの方法も具体的には知らないまま、私は結婚するのだろう。

ばあやが私の部屋に婚約者からの手紙を届けに来た。
中身はどうせ、次会うときはもっと地味にしろって命令が書いてあるのだろう。

「ばあや。私は何事も派手なのが好きなの。着物も、髪飾りも」
「存じております」
「派手さを嫌う婚約者と上手くやっていけるだろうか」
「双方の歩み寄り次第でございましょう」

互いに歩み寄る気がない場合、どうすれば良いのだろう。
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