2016 | ナノ

カラン、コロン。カラン、コロン。軽快な足音は一定のリズムを刻んでいる。カラン、コロン。小さなわたしの歩幅に合わせるように。カラン、コロン、と。
昼でも夜でもない、真ん中の時間に、ちーと歩くのが好きだ。わたしの少し斜め前を歩くちーの大きな背中を追いかけるように歩く。DVDが数枚入ったレンタルショップの黒い小さな袋がちーの手に握りしめられ揺れているのをぼうっと見ながら、夕方のオレンジ色の日差しが照らす一本道をひたすらに、歩く。帰る家が同じだというのはすごく安心するな、と思いながら。


駅から15分ほど離れた小さなアパートにわたしたちは住んでいる。玄関のカギを開け、扉を開くと、ジジがわたしたちを待ち構えていた。ジジ、とは1年前の夏のにわたしが拾ってきた小さな黒猫だ。カラスに襲われていたのを助けてあげてそのまま連れて帰ってきた。わたしとちーが好きだった映画の黒猫に似ているという理由でジジという名前が付けられたが、わたしもちーも魔法は使えないからジジが言葉を話したりすることはないまま1年が過ぎた。それでもわたしたちが「ただいま」と言えばジジもにゃあ、と答える。ジジはわたしたちの帰りを待ちわびていたようだ。
帰宅したばかりでも暖かな部屋は眠気を誘う。西側の大きな窓から西日が入るから冬は快適だ。夏は地獄のように蒸し暑く、西日が突き刺し、眩しいが、西日の入るこの狭い部屋がわたしは好きだった。

ちーは借りてきたDVDの入った黒い袋をテーブルの上に乗せ、ソファに座った。

「ご飯、カレーでええ?」
「よかよ」

ちーが大きなあくびをしてソファに寝転ぶのを横目に、わたしはお気に入りのチェックのエプロンを身に纏いキッチンへと向かう。ちーのあくびが移ったように、わたしも大きく口を開けてあくびをした。
料理はあまり得意ではないので、カレーやオムライスなどの簡単にできる料理ばかりをしたが、ちーはとくに文句を言うわけでもなく、「おいしい」と言って食べてくれるのだった。昨日作ったカレーをコンロで温めるだけではあんまりだと思い、せめてサラダくらい作ろうかと冷蔵庫を開けると、みゃあ、とジジの鳴き声がしてわたしの足元に擦り寄った。綺麗な黒の毛並みが愛おしくて撫でると、ジジは甘えたように鳴く。ジジは冷蔵庫を開けるとミルクを求めて甘えるのだ。小さな器にミルクを入れるとジジが幸せそうな顔でそれを舐める。可愛い。
ジジにご飯もあげたことだし、次はわたしたちのご飯だ。鍋の中で温まったカレーの匂いにつられて、ぐう、とお腹が鳴る。冷蔵庫にあったトマトを角切りにし、レタスをちぎり、簡単なサラダを作る。温まったカレーをごはんにかけて、今日の晩御飯は完成だ。

「ごはんできたで」

返事はない。ちーは眠っているようだ。本当に自由な人だなと思う。

「ちー」

猫みたいだ、と思った。ソファーに寝転ぶちーの丸くなった背中を見ていて、そう思った。ジジと同じように彼もまたわたしに拾われたのかもしれない。ふらりふらりと気まぐれにどこかへ行ってしまいそうなちーは猫に似ている。ちーが寝ているとソファーは狭そうだ。わたし1人では持て余していたソファーにとってはちーがきて幸せかもしれないなと思う。ちーの背中をそっと揺らすと、眠そうな瞼を持ち上げてちーがこちらを向く。

「ごはん、冷めるやろ」
「んん」

もぞもぞとソファの上で動く。ちーには何処か現実味がなくて、フィクションで、ファンタジーのようだと思った。そんなちーがわたしにとって1番の現実なのだけれど。猫にするようにちーの癖っ毛をふわりと撫でると、起き上がり伸びをした。

2人声を揃えて「いただきます」と言う。言い終わるのと同時か、少し早いくらいにスプーンを握りしめる。
食卓に並ぶお皿の数は晩御飯というには随分と質素で、それはまあいつものことなのだけれど。わたしたちは毎日の食事を簡単に済ませすぎている。せめてカレーの上に温泉卵でも乗せられたらよかった。今度作り方を調べよう。
スプーンで大きな一口を掬い口に運んだちーが「うまかぁ」と幸せそうに笑う。こんなにおいしそうに食べてくれるのなら本当に料理のレパートリーを増やそう。前に買ったけれど結局数回開いてしまった料理の本はどこにしまったのだっけ。そんなことを考えながらカレーを食べる。こんな毎日が一生続けばいいのにな。ミルクを飲み終えたジジがにゃあ、と鳴いた。

20160102/1万打フリリク
零さん、千歳と日常のほのぼの