~2015 | ナノ




幸村くんを思い出す。私の目に映る彼はいつだって強くて凛々しくて、真っ直ぐ前を見据えている。幸村くんはみんなの人気者だ。立海のスターみたいなのだ。わたしはいつも幸村くんの背中を見ている。幸村くんは決して後ろを振り返らない。幸村くんはわたしのことを見ていない。


真っ白な病室に幸村くんは似合わない。
わたしが幸村くんにと買ってきたお花とケーキを渡すと、幸村くんは「丸井が喜ぶよ」と笑った。幸村くんに喜んでもらうために買ってきたものなのに、幸村くんの心には響かない。わたしはいつだってそうだ。幸村くんがなにを喜んでくれるか見当もつかなかった。


「誰に聞いたの?」
「…真田」
「そうか」
「ねえ、なんで教えてくれなかったの?」
「心配をかけると思ったからだよ」
「そんなの、心配するに決まってる」


幸村くんはふわりと笑った。ごめんねと言った。そんなの、謝ってほしいわけじゃない。わたしはただ話してほしかった。昨日見たテレビ番組、昨日の晩御飯、最近見た映画、お気に入りの小説。そんな些細なことでいいから話してほしいだけなのに。幸村くんはいつもわたしの話にやわらかな相槌を打つだけだった。


「幸村くん、ただの風邪って言ったのに」


幸村くんは少しやせたかもしれない。いつもより顔色が悪く見えるのは真っ白な病室に閉じ込められているせいだろうか。


「全然学校来なくなったし、メールの返事もくれないから心配したんだよ」


押しつけがましいわたしの言葉にも幸村くんは優しく笑うだけなのだ。たまには感情をぶつけたりしてほしい。それとも幸村くんには感情がないのか。だけれどテニスをする幸村くんはきっともっと生き生きとした表情でボールを追うのだろう。わたしはテニスにすら嫉妬する。


「ありがとう、余計に心配かけちゃったかな」


入院した理由を聞こうと思ったけれど、どんな言葉で聞いても、幸村くんに上手くはぐらかされてしまう気がしてやめた。わたしが踏み込んでいい場所がどこまでなのかがわからなかった。もしかするとお見舞いに来たこと自体が踏み込みすぎだったかもしれない。わたしは幸村くんを知らない。幸村くんが好きなこと嫌いなこと嬉しく思うこと悲しく思うことしあわせも不安も本当はすべて知りたい。わたしは幸村くんの見ている世界に少しでも近づきたい。


「幸村くん、わたしのことをお節介なクラスメイトと思っているかもしれないけど、お節介だけでここまでできるほどわたしは優しくはないんだ、つまりわたしは幸村くんを」


早口で言うわたしの口を幸村くんの手が塞いだ。白い手は温かかった。


「ごめんね、ありがとう」


諭すような口調だった。いつものやわらかい幸村くんとは違う、少し冷たい視線だった。やっと幸村くんがわたしに言葉をくれた気がした。幸村くんは口に当てた手を外して、わたしの手を弱く握った。頼りない指先からは悲しみが伝わるようだ。いままでの幸村くんよりずっとずっと弱くて、だけれど、やっぱり幸村くんは強い。




20120128/スーパースター