触れた手は冷たかった。冷たい風が吹いていて今日はいつもより寒いとはいえ、体温を持たない手のひらは、まるで人形のようで少し怖くなった。幸村が本当にここに存在しているのか確かめるように、恐る恐る手を握り返す。冷たい。わたしの体温をすべて幸村に伝えなければ。そう思い、幸村の手を強く強く握りしめた。 わたしの心配など知らない幸村は、わたしの手を引いてずんずんと歩き出す。少し前を行く幸村に「どこへ行くの?」と問いかければ、振り返った幸村が微笑んだ。 「どこだろうね?」 「?」を「?」で返されても、困る。 きっと行くあてなんてないのだろう。わたしは大人しく従うことにした。夏に比べて随分と暗くなるのが早くなった。薄暗い夕方はなんとなく心細いので、幸村の人形みたいな手のひらやそれに反して人間味あふれる笑顔を見せる横顔、風になびくゆるくウェーブのかかった髪の毛、そのすべてがわたしを安心させるものであることは事実なのだから。 行くあてもなく、人気のない道を歩く。繋いだ手の温度はもうわたしのものか幸村のものかわからなかったけれど、それはどちらでも良いことなんだと思った。わたしの感情もこうやって簡単に幸村に溶け込めてしまえばいいのにな、とふと思ったけれど、きっとそれでは何も意味なんてない。 ふう、と小さく吐いた息は白かった。冬が来たな、と思う。必要以上に短く折ったスカートとハイソックスの間の肌色はひどく寒かったけれど、それでもわたしはスカートを短くし続ける。 「寒い?」 「うん」 「帰る?」 空はすっかり暗くなっていてきらりと星が輝いていた。帰宅を提案した幸村の表情は全く帰ろうとしていないように思えて、わたしは大きく首を振った。幸村が満足そうに微笑むのがわたしはとても好きだ。今年の夏がおわってから、幸村はよく笑うようになった。幸村が笑うたびに、わたしの心の底で消えてくれない不安が、ちょっとずつ消えていくような気がする。 「幸村が」 「ん?」 「幸村がいなくなっちゃうんじゃないかって」 冷たい空気にわたしの小さな声が響いた。幸村は歩き続ける。行くあてもないのに、わたしに歩幅を合わせて歩いている。幸村が何も言わないからわたしも何も言えない。 「ずっと不安だった」 こんな想いを言葉にしたところで、何になるというのだろうか。それなのに溶け合った手のひらの温度がわたしの口を開かせた。幸村の言葉をじっと黙って待っていたけれど、幸村は何も言わなかった。 あの夏の幸村は、本当に、わたしを残して消えてしまいそうだった。それまで幸村に良く似合うと思っていた白色の中で笑わなくなった幸村は、本当に、本当に、いなくなってしまうんじゃないかと、そう思った。 あの夏が終わってからの幸村は、その夏の出来事がすべて幻だったかのように、すがすがしく笑うのだった。 無言で歩き続けていくと、いつの間にか見慣れた風景だった。二人とも立ち止まることをしなかったから、すぐに駅についてしまった。 「帰ろうか?」 今度はわたしに問いかけているのに、幸村の中ではこのまま電車に乗ることが決まっているような聴き方だった。わたしは無言でうなずく。またわたしの手を引いて少し前を歩く幸村の背中を見つめた。 週末の駅はいつもと比べて混み合っていた。人混みに幸村が紛れて消えてしまうかもしれないと思って、幸村の手に触れる力を強めた。 「じゃあ、行こうか」 幸村が家とは反対方向の電車に乗り込む。 「え、これ、違う」 「きみが帰りたくないって顔をするからだ」 あの夏が終わってからの幸村は、心底楽しそうに笑うのだ。 わたしはその顔がすごく好きで、そして、知らない間に変わってしまった大人びたその表情にひどく怯えている。どうか、わたしを置いて、どこにもいかないでほしい。 「きみを置いていなくなったりしないよ」 少し混み合った車内で隣り合わせに座って、幸村がわたしの耳元に囁くように言った。車内は繋いだ手のひらが少し汗ばむくらいに暖かかった。吐息交じりの声は耳元にくすぐったかった。 「この電車は、どこへ向かうんだろうね?」 照れ隠しで問いかけた言葉に、幸村は、「二人でならどこへだっていいんだ」と、恥ずかしげもなくつぶやいた。 「どこへでもいけそうだと思うのはきっときみに連れ去られてしまいたいからだ。」 20131229/titel 深爪 |