※性描写有 飽きもせずに必死に鳴き続ける蝉の声だけが絶えずに聞こえる。短い命の中、何を思い、叫んでいるのか、そんなこと私には知る由もないのだけれど。さっきからずっと無意味に首を振り続けている扇風機から送られる風は生ぬるいし、外からたまに入ってくる風と共に鳴る風鈴の音は気休めでしかなかった。氷がすっかり溶けて、薄く、ぬるくなった麦茶を一口飲む。 「まずい」 気恥ずかしいような沈黙を、かき消すように、呟いたけれど、日吉は何も言わなかった。ついさっきまで何一つ身に纏わない産まれたままの姿で、ぴったりくっついていたなんて感じさせない無表情だ。さっきまでの出来事は幻だったんじゃないかと錯覚するくらい。けれど下腹部には確かに痛みが残っている。麦茶のグラスについた水滴を指先で弄りながらぼんやりしていたら、さっきまで着ていたシャツを投げつけられた。 「着てください」 日吉はそう言って、皺にならないように、と畳んであったシャツを広げて羽織った。上から一つ、また一つとボタンを留めていく指先を見ていた。さっきまでわたしに触れていた指は本当にこれなのだろうか。いつもはきっちり締められているボタンが、暑いからか第二ボタンまで外されて、鎖骨がチラリと見える。日吉に見とれて、受け取ったシャツを持ったままいると、日吉が少し不機嫌そうに「目のやり場に困ります」とこぼした。何を今更、と思ったけれど反論するのも面倒なので、シャツを羽織る。 ・・・ 「大人になりたい」 暑い日差しを浴びながら、真昼の公園で、日吉と二人だった。何をするわけでもない、行くところもない、けれど一緒にいたい。広いベンチに、2人で寄り添って座っていた。こんなにも暑いというのに、私は日吉の真横にぴったりとくっついて座った。文句を言われるかと思ったのに、日吉はそれを当然のように受け入れてくれた。手をつなごうかと思ったけれど、汗ばんでいたからやめた。 そんな、暑さで、私の頭はおかしくなったのかもしれない。前に友達に借りた漫画か、夜中にやってたドラマか、どこかで聞いたことのある様なセリフみたいな言葉は、わたしの口から出てきた。 「私を日吉のものにして」 日吉は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに私の手をひいて歩き出した。汗なんて気にもせずに、日吉はしっかり私の手を握り、早足で歩き出す。 「どこへ行くの?」 「俺の家です」 さっきの私の言葉の答えは、イエスだったようだ。 日吉の家は静まり返っていた。やけに広々とした玄関で「お邪魔します」と小さく言えば、「誰も居ませんよ」と返される。そうか、だから、静かなのか。家の主が不在の広い家はなんだかやけに冷たく感じた。長く続く廊下は現実味がない。少し先を歩く日吉の背中は少しだけ知らない人みたいだった。廊下の一番奥に日吉の部屋があり、中へと招き入れられた。 「適当に座っててください」 と、わたしを部屋に残し、日吉は部屋を出た。日吉がいなくなったので、部屋を見渡す。クーラーのついていない部屋は蒸し暑い。綺麗に片付いた部屋には余計なものが何一つ置かれていないようで、日吉の性格をよく表しているな、と勝手に感心する。 日吉はすぐに部屋に戻ってきた。麦茶がなみなみ注がれたグラスを持ってきて、「どうぞ」と一つ手渡された。氷がカランと揺れる音がする。仕方なしに一口飲めば、よく冷えたそれが喉をおりて体に流れていくのが気持ちよかった。 「麦茶を飲みに来たわけじゃないけど」 私がそう言ったのと同時に、日吉が私の唇に、食らいついてくる。麦茶の味がするな、と、ぼんやりする頭で思った。蝉の鳴くうるさい声と、麦茶に入っていた氷が溶ける音と、日吉の呼吸音が、私の耳に心地よく響いた。 ・・・ 手早く制服を着て、日吉の隣に座った。腕と腕がたまに触れることになんだかドキドキした。部屋は暑かったけれど、熱い日吉の肌に触れるのは嫌じゃなかった。 「大人になんてなれないね」 「そうですね」 「でも日吉のものにはなれたかな」 「……」 日吉は照れ臭そうに顔を逸らした。毎年、蝉の声を聴くたびに、暑さで汗を流すたびに、ぬるくなった麦茶を飲むたびに、わたしは今日のことを思い出すのだろう。そんな夏を何度も何度も繰り返し、大人になっていくのだろう。蝉が役割を果たし死んでいき、暑さが寒さに変わった時も、私を温めてドキドキさせてくれるのが、日吉だったらいいな。日吉が、グラスに残った生ぬるい麦茶を飲みほした。 夏のせい/20130728 麦茶セックスを書きたかったです |