跡部の瞳は何もかもを見透かすような青だ。跡部は整った顔をしていて、女の子たちが騒ぐのも仕方ないなと思う。彼の人気は氷帝で一番だろう。ファンクラブもあるほどだ。そんな跡部が、わたしを見ている。痛いくらいの視線を浴びてわたしは泣きたくなった。その綺麗な瞳がわたしを見るたびに、自分がとんでもなく醜いただの女だということを思い知らされる。 わたしは跡部の何が好きなのだろう。クラスの女の子たちは、その美しい顔に、もしくは勝気な立ち振る舞いに、ほれぼれとしているらしい。中には家柄目当てのお嬢様もいるだろう。だけれどわたしは跡部がただのお金持ちの坊ちゃんじゃなくて実は真面目で努力家なところや、たまに常識が欠落していてびっくりするくらいアホなことをやらかすお茶目な一面があることをしっている。けれど、みんながわたしと比べてどれくらい跡部のことを知っているかなんて、跡部のどこが好きかなんて、比べたって仕方のないことだと思う。 「おい」 跡部の声がして我に返った。わたしがこんなことを考えていると知れば跡部は怒るかもしれない。だから悟られたくなかったけれど、跡部はもう見透かしているかもしれないとも思う。 「ごめん、何」 「今何考えてた?」 「…別に、なーんにも」 はぐらかそうにも、跡部を見ていると嘘をつくのも躊躇われる。わたしは思わず目を逸らした。跡部は小さなため息をついて「誤魔化したってわかる」と言った。 「嘘をつくときに、目を逸らすの癖だろ?」 やっぱり全部見透かされているんだ。彼はわたしよりも何枚も上手だ。いくら校内ではこっちが寒くなるくらいアホなことをしていても、家庭ではわたしには想像もつかないような英才教育を受け、跡取りとしての立派な立ち振る舞いをするのだろう。 「ごめん」 「ごめんじゃねえ」 「…怒ってる?」 「わかんねえのか?」 「わかんない」 「鈍いやつだな」 わたしはわからないふりをしているだけだ。そこまで鈍くなんてない。本当は痛いほどに突き刺さる跡部の視線の意味を私は知っている。知ってて知らないふりをしている。そして知らないふりをしていることを跡部はもう気づいていて、だから怒っているのだと思う。跡部がわたしの腕を強く強くつかんでいた。「目を逸らすな」と低い声で言った。わたしはやっぱり泣きたくなった。 「俺は、お前が好きだ」 そんなの知っていた。あの跡部景吾はわたしのことを好きだった。わたしなんかのことを。クラスメイトが、氷帝の生徒が、跡部さまファンクラブのたくさんの女子たちが、家柄目当てのお嬢様方が、このことを知ったらどう思うだろうか。「釣り合わない」と蔑むだろうか。「跡部の趣味が悪い」と笑うだろうか。わたしだって思っている。顔も普通成績も普通、家だって普通、これと言って何の取り柄もないわたしを、あの跡部が好きになったのだ。わたしが跡部さまファンクラブの女子だったら、笑えない冗談にしか思えない。 「お前が何考えてるかなんて俺様にはお見通しだ」 わたしの腕をつかむ跡部の手の力は弱まらない。そこから伝わる熱が苦しい。 「釣り合わないとか思ってんだろ?」 「うん」 「なんでわたしなんか、って思ってんだろ?」 「うん」 「確かに俺様は完璧で、お前はただの庶民だ」 「…わかってる」 「だけど、俺にはそんなこと関係ねえ」 「でも、跡部も笑われちゃう」 まっすぐに見た跡部の目は青。飲み込まれてしまいそうなくらいに綺麗な青だ。跡部はいつになく真剣な表情で、こんなに卑屈なわたしを本当に好きでいてくれているのだと伝わって嬉しかった。けれどそれを素直に受け取れない自分がとても悲しかった。 「周りの目なんて関係ねえよ」 「でも」 「俺はお前が好きなんだ」 「…」 「お前は違うのか?」 わたしだって、好きだった。大好きだった。だけどそれを邪魔するものは何だろう。たとえばわたしがお金持ちの家に生まれた令嬢だったなら、もしくはテレビの中の女優さんのように跡部に劣らない美少女だったなら。わたしは跡部を好きと言えたのか。跡部の気持ちを受け取れたのか。跡部がわたしを好きな理由はそんなことじゃないって本当はわかっているのに。跡部はいつだってわたし自身を見てくれていたのに、わたしは逃げてばかりだった。 「お前は俺様が選んだ女なんだ、もっと自信を持てよ」 跡部はそういってわたしの頭を撫でた。強気なセリフなのに、声は今にも泣きだしそうだった。わたしが思うように跡部も不安だったのかもしれない。わたしは跡部の青い瞳を見つめた。もう嘘はつかない。 世界が息を吹き返して、三秒後にまばたきをする、私とあなたの小さな話 120125/title夜に融けだすキリン町 |