~2015 | ナノ

甘えたがりの背中の続き


大きな怒鳴り声も、長いお説教も、苦手で大嫌いだったのに、今ではそのどちらもがわたしの心に流れ込み、心地よいものへと変わった。内容は小さなことばかりだ。たとえば朝遅刻をすれば「規則正しい生活をしろ」と。授業中居眠りをすれば「夜更かしをするな」とか。お昼前に「お腹減った」とつぶやけば「朝食は食べたのか?」と問いただされ、「朝は米を食え」と、米について長々と語られたり。
真田は、正しいと思ったことを貫ける真っ直ぐな人、だと思う。だからわたしに向けられた真田の言葉の一つ一つがわたしには嬉しい。わたしが間違った道に進もうとすれば、必ず真田が正してくれる。そんな安心が今はあった。

友達はやっぱり少しだけ真田のことを怖がっていて、わたしと真田が話しているときは近寄らない。「どうして急に真田と仲良くなってるの?」と聞かれても理由はわからない。ましてや「付き合ってるの?」なんて質問は馬鹿馬鹿しい。わたしと真田のどこを見て、恋人という関係が連想されたのか。わたしはおどけて「どちらかといえば親子かな」と言う。そうすると皆納得してそれ以上は何も聞かない。


「親子って、何」


しかし、幸村くんだけは、それに納得がいっていないようだった。真田と仲良くなるにつれて必然のように幸村くんともよく話すようになったが、彼は当初のイメージと制反対を行く人だった。わたしが、というかおそらくこの学校の女子全員が抱いていた幸村精市のイメージはもっと優しくて穏やかな美しい人だ。けれど実際の幸村くんは不機嫌を隠そうともしない態度で、わたしを問いただす。


「何って言われても」


同じく真田と仲良くなるにつれて必然的によく話すようになった柳くんに同じことを言えば、「赤也に姉ができたな」と言って笑ってくれたし、赤也くんは「おれは副部長の子供なんてイヤっすよ〜」とわめいていた。今までその言葉をまともにとって否定する人なんていなかったのだ。
幸村くんはどうしても納得いかないようだけれど、実際の血縁関係もない真田とわたしの親子関係を納得させるほうが無謀だった。


「よく考えてみてよ」
「何を?」
「どうして真田がお前に構うのかってことを」


にいと意味深な笑みを残して立ち去る幸村くんの背中を見つめることしかできなかった。





わたしは、こんな顔の真田を見たかったわけではなかった。廊下の隅っこで突っ立ってる真田は、わたしの知っている真田ではないみたいだった。いつものような威厳や強さが一切感じられない、暗い顔。わたしはすぐにでも言った言葉を取り消したかった。真田はいつものように、怒ったりしなかった、黙ったままだった。
幸村くんに言われた言葉をわたしなりに考えた結果だった。もしかして、幸村くんは遠回しに伝えてくれていたのかもしれない、そう思って、ぽろりと口から出てしまった。


「同情なら、要らないから」


いつもみたいに、「何を言っているんだ」って怒鳴ってほしかった。そんなことないって真田の口から否定してほしかった。真田は何も言わずに、俯き黙ったままだった。
予鈴が鳴り響き、真田はわたしなどはじめからいなかったかのように、わたしに背を向け教室に戻った。真田の背中を追いかけるようにして後ろの席へ座る。あんなに近くに感じた温かな背中は今は冷たく遠い。





「全く馬鹿だな、え、お前だよ、お前。なんでわかんないんだよ、同情?そんなわけないだろ。それに真田!お前も馬鹿だ!はっきりしろよ、男らしくないな」


幸村くんが突然現れて早口でまくしたてたのはその翌朝のことだった。教室に乗り込んできていきなり訳の分からないことを言ったのでクラスメイト達は静まり返り一斉にこちらの様子をうかがう。すぐに幸村くんが笑顔で「なんでもないよ」と言えばクラスメイト達はしぶしぶ視線を逸らし、すぐにわたしたちのことなんて忘れたようにいつもと変わらずざわめく。


「それで?なんで同情なんて言ったの?」
「幸村くんが考えろって言ったから…」
「馬鹿、そういうことじゃないだろう?」
「え、じゃあなに?」
「鈍いにもほどがあるよ…」


幸村くんは頭を抱える。「真田」と呼びかける。真田は幸村のほうばかり見て、わたしを見ようとしない。やっぱりすこし前みたいには戻れないのか。たった一言でわたしたちの親子みたいな、よくわからない関係は、崩れてしまったのか。


「真田、はっきりしろよ」
「いや、幸村、しかしだな」
「いいから、本当、苦労かけさせるな」


背中に、バシン、と軽い衝撃が与えられる。幸村くんが背中を押した。わたしと真田の背中を。わたしたちは幸村くんの手によりぐいぐいと教室の外に追いやられ、幸村くんは「しっかりやりなよ」と残して去って行った。幸村くんも真田とは違えど面倒見がいいらしい。廊下にぽつんと取り残されたわたしたちはどうすることも出来ずにただそこにいた。もうすぐ授業の始まる時間だ。いつまでもこうしているわけにはいかない。「教室戻ろうか」そうわたしが発する少し手前に、真田が視線をこちらに向けた。


「話がある」


真っ直ぐわたしを見て、真田はそう言った。右手を引かれ、人気のない空き教室のほうへと歩き進める。されるがままに後を追う。


「真田、授業始まるよ」
「それよりも大事な話がある」
「…でも」


真田らしくない、そう思った。真田はつかんでいた右手を放し、再びわたしを見た。


「同情なんてしているわけがないだろう!」


久しぶりの真田の怒鳴り声だと思った。見捨てられたわけじゃなかったことに喜びが沸き上る。


「さ、真田声でかい」
「…!!」


授業中ということを思い出し、真田は再び歩き出す。あの真面目な真田が授業よりもわたしと話すことを重要と思ってくれたことが今更ながら嬉しく思えた。空き教室につくと、すぐに真田は口を開いた。一秒でも早く話したいという気持ちがひしひしと伝わるようだ。


「そのように思わせてすまなかった」
「もういいよ、ごめんね」
「いや!よくない!」
「前みたいに普通にできれば、それでいいから」
「それでは駄目なのだ」


次の瞬間わたしは真田の腕の中だ。「え」「ちょ」「は」「え」と、言葉にならない単語をつぶやくけれど真田はわたしの言葉などお構いなしに、ぎゅうと強い力でわたしを抱きしめる。


「俺はお前が…」
「真田?」
「す」
「す?」
「す、好きだ!」


「は?」間抜けなわたしの声が響いた。予想外の言葉に頭がぐちゃぐちゃになったわたしを余所に、真田の声が聞こえる。


「父親の代わりと思っていいと約束したのに、果たせなくてすまない」


そんな小さな口約束みたいなことを必死に守ってくれようとしていたのか。そんな生真面目なところ、わたしは好きだ。


「もういいの、真田。ありがとう」


真田の腕の中は前に寄り添った背中よりも、ずっと温かい。


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130705/一万打フリリク
みるさんへ(甘えたがりの背中の続き)
幸村はお母さんのように二人を見守っているのだと思います。