柳はわたしのことなにもかも知り尽くしてるくせに、わたしは柳のことなんにも知らないんだよ、柳ってずるいな。 そんな小さな不満をぶつけたって、柳は笑うだけだった。小さい子供をあやすみたいに、わたしの頭を撫でる大きな手が好きだけど嫌いだった。 「今日が誕生日って、教えてくれたってよかったのに」 「すまないな」 「やだ!」 両手をグーにして胸板をぽかぽか叩いても柳はびくともしない。男女の力の差なんて、とっくに思い知っていたから、今更悔しいわけではないけれど、やっぱり少しだけ腑に落ちないな。わたしが柳に勝てることなんてひとつもないみたいで。 「わたしの誕生日は、柳が祝ってくれたし」 「そうだったな」 「プレゼントと、ケーキと、あれ、嬉しかった」 満足そうに笑う柳の顔を、一瞬でもいいから崩したい。笑ったり、泣いたり、怒ったり、驚いたり。そういう大きな表情の変化を、ほんの一瞬でもいいからさせるくらいのサプライズをしたかったなあ、って。 わたしの誕生日は、わたしが無意識で教えたのか、もしくはわたしの友達から聞いたのか、そもそも最初から知っていたのか(柳だから知っていてもおかしくはないし、その可能性が高い気がする。)、明確にはわからないけれど、当日のずっと前から念入りに計画したのだろう、わたしの欲しいものをちゃんと考えてくれたのだろう、わたしの好きなケーキの種類まで熟知してくれていたのだろう。そんな幸せな誕生日だった。まず、柳から「おめでとう」の言葉をもらい、わたしの顔は過去最高記録ではないかというくらいに緩み、サプライズで出てきたケーキとプレゼントに寿命が縮むのではないかというほどに驚き、可愛く赤いリボンでラッピングされた小さな包みを開けて出てきたものがずっと欲しかったけれどお小遣いでは少し足りなくて自分では買えなかった指輪だったことに感動して泣いた。柳はそれをしれっと左手の薬指にはめるものだから、もっと泣けた。 その指輪のお店はいつ行っても女の子しかいないような場所だった。ピンクを基調としキラキラ眩しい店内が可愛らしくて気に入っている。その店内に柳は不釣り合いだった。想像したら自然と笑みがこぼれて、泣きながら笑うわたしを見て、その日も柳は満足そうに笑いわたしの頭を撫でてくれた。 こんなに、こんなに幸せなことがあっていいのだろうか、とわたしは考えた。そして、柳の誕生日はもっともっと素敵な幸せな日にしようと決めていた。それなのにわたしは柳の誕生日をしらなかった。まったく我ながら呆れる。 「おれはケーキもあまり好きではない」 「そうなんだ」 「欲しいものも、今は特には思いつかない」 「…そっか」 「だから、いいだろう」 「……」 「……」 「…いや、よくない」 危なく流されそうになったけれど、なんにもよくない。そもそもケーキが好きじゃないなんて情報も今、初めて聞いた。じゃあ、柳は何が好きなんだろう、何をあげたら喜んでくれるのだろう、見当もつかない。わたしの目に映る柳は無欲なのかもしれない。 「柳は何が好き?」 「おれは」 何か言いたげな薄い唇が動くのを躊躇う様子を見ていた。好きなものを柳が教えてくれないならば、わたしも柳のように一年かけてデータ収集をしよう、と決意する。 「おれはお前と一緒に過ごせればそれだけでいいと思ったんだ」 開いた口から出てきた言葉は予想外すぎて、わたしの寿命はまた縮んだかもしれない。柳はほんの少し俯いて、照れ臭いのをごまかすみたいにわたしの頭をさらりと撫でる。柳の誕生日に何かあげたかったのに、またわたしがもらったみたいだ。ぽろり、ぽろりと溢れる涙が止まらない。やっぱり柳はずるいな、わたしが喜ぶことすべてわかっているから。わたしは一生柳に敵わないかもしれないな。 「でもどうしても何かしたいというなら」 「うん、欲しいもの、ある?」 「約束をくれないか」 「約束?」 「来年も一緒に過ごしてくれるという、約束を」 照れ笑いの柳がものすごく可愛く見えた。わたしはこの人を好きになって幸せで、ああ、やっぱりわたしは柳から幸せをもらってばっかりだなあ。 「来年はいっぱいプレゼント渡すから覚悟してね」 わたしの誕生日のときと同じように、泣きながら笑うわたしの頭を撫でてくれる、子ども扱いする柳の手が、嫌いだけど、大好きだ。 「誕生日おめでとう、産まれてきてくれてありがとう」 せかいはうつくしい 20130604/柳さんお誕生日おめでとうございます、愛を込めて。 titel:メルヘン |