シャボン玉がぷかぷかと真冬の空に浮かんでいる。きっと彼が屋上で授業をさぼっている。わたしは真面目に、黒板の文字をノートに写しているというのに。さっきからマナーモードの携帯電話がちかちか光っているのが目障りだ。きっとこれは屋上からのメールで、シャボン玉のお誘い。 授業が終わるチャイムとほぼ同時に携帯電話を手にし、「新着メール12件」の文字に驚く。送り主は予想通り。画面いっぱいの「仁王雅治」にうんざりする。「屋上こん?」「さぼらん?」「プリッ」謎の文面が並ぶ。「好きじゃ」「好いとうよ」「返事は?」鬱陶しい。 「お断りします」 飾り気のないそっけない文章は彼を傷つけるだろうか。答えはノーだ。きっと仁王は本気ではない。からかっているだけ。 「つれないのう」 背後から聞こえた声と、メール受信音で、後ろに仁王がいることを知った。 「いつからいたの?」 「さあな」 「なにそれ」 「返事を聞きにきたんじゃよ」 「今メールした」 「納得いかんもん」 不機嫌な表情。なぜかこっちが悪いことをしているような気分になるから仁王と会話するのは少し苦手だった。くだらないペテンにかかってたまるか、と気合を入れなおして、もう一度。 「お断りします」 携帯電話の画面を突き付け、強くそう言うと、仁王は小さく笑った。 「ええから」 「よくないよ」 「好きなんじゃよ、お前さんが」 「はいはい、わかったから」 「わかっとらん」 「やめてよこんなところで」 気づけばわたしたちは教室中の視線の的だった。面白がる男子、嫉妬を含んだ目線の女子たち。やましいことなんて何もないのにからかわれたり、睨まれたりするのはごめんだ。 「ええから行くぜよ」 「さぼり、よくない」 「ええから」 だからよくないってば、とわたしの言葉は仁王には通じない。ざわめくクラスメイトたちを置き去りに、わたしは仁王にぐいぐいと引っ張られ屋上へと続く階段へとたどり着くころには授業開始のチャイムがとっくに鳴った後だ。 「最低」 「何とでも言え」 「最低、最悪、うそつき、ペテン師」 「人の話聞かないのが悪いんじゃ」 「何それ、わたしのせい?」 「好きだって言うとるのがわからん?」 真面目な顔。これすらもペテンなのか。 「からかってるだけでしょう?」 「信じれん?」 「信じていいの?」 「任せる」 「ずるいね」 仁王は困ったように笑うだけだった。わたしの手をつかんだままで。込められた力は強くはなく、簡単に振りほどけそうだった。 「真冬のシャボン玉は楽しい?」 「は?」 「いつも一人でしてる」 「…どうじゃろ」 「わたしも、あんなふうにぷかぷかしたいな」 仁王の手を握り返し、屋上へ続く階段を踏み出してみようと思えた。教室の喧騒もここにはないから。 20130201/titelスイミー |